物理学者は、数学者の肩に乗った小人なのか フレンケル教授の「数学白熱教室」最終講義

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そうして数学を学び始めたフレンケルは、どんどん数学の魅力にとりつかれていったのだ。そうして過酷な試練を乗り越えて数学者になったフレンケルが、今、思いもよらぬ巡り合わせによって、数学と物理学との新たな関係に光を当てようとしている。

エドワード・フレンケル(Edward Frenkel)/1968年旧ソ連生まれ。父親がユダヤ人との理由でモスクワ大学の入学試験で全問正解したにもかかわらず不合格となり、やむなく石油ガス研究所(日本でいうところの工業大学)に入学、応用数学を学ぶ。一方で純粋数学の研究を続け、在学中にハーバード大学に客員教授として招かれる。その後、ラングランズ・プログラムと出合い、量子物理学にまで拡張。カリフォルニア大学バークレー校の数学教授。親日家でもある。「愛の数式」をテーマとする映画を製作・出演

ところで、今回の講義の下敷きとなっているフレンケルの著書『数学の大統一に挑む』を翻訳しているとき、まさに数学と物理学と関係をめぐって、担当編集者とわたしとのあいだにちょっとした論争があったのだ。それは結構面白いと思うので、ここで暴露(?)しておきたい。

さてその辣腕編集者とわたしのあいだの論争とは、どういうものか。

それは、ある章の意味をめぐってのことだった。ラングランズ・プログラムを量子物理学に拡張していくくだりを書いた第17章の訳稿を見て、編集者はこう言ったのだった。

「この章でフレンケルが言いたいのは『物理学者は数学者の地平を再発見する』っていうことですよね」

わたしはこれに納得がいかなかった。というのは、誰あろう、数学と物理学との関係に新しい地平を開いたエドワード・ウィッテンが出てくるというのに、「物理学者は数学者の後追いばかりしている」みたいな言い方は、古いだろう、と思ったからだ。

物理学者は数学者という巨人の肩の上の小人?

物理学者でありながら、フィールズ賞を受賞したエドワード・ウィッテンの仕事はフレンケルら数学者に大きな影響を与えている

なるほど20世紀を通じて、「物理学者は、すでに死んだ偉大な数学者の発展の中から、使えるものを見て出して使っている。物理学者は、数学者という巨人の 肩の上に乗っている小人だ」的なことは、これでもかというほど繰り返し言われてきた。そしてそれは、正しい。20世紀物理学の日本の柱である、相対性理論 も量子力学も、過去の数学者たちの成果をありがたく使わせてもらっている。

あまりに数学は役に立つので、物理学における対称性の研究でノーベル物理学賞を受賞しているユージン・ウィグナーという物理学者は、「物理学における数学の、非合理なまでの有効性」という有名なセリフを吐いた。

けれども、近年、その関係に変化が生じている。

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