それは私にもわかっていた。異質の紙を貼り合わせると、糊の水分に対してそれぞれ膨張率が違うから、縮み方も異なってしまう。凸凹ができるのは当然で、だから私たちもたいへんに苦労し、工夫を払っていた。印刷会社で何十種類もの紙を貼って、乾かしてみて、という実験をしていたのである。そのおかげでほとんど気にならない程度の状態にすることができていた。その思いがあったから、私はいささか得意気になってその過程を説明した。
しかし、松下は許さなかった。
些細なことも見逃さなかった
「きみがどんなに説明しても、不良品は不良品や。第一、きみたちは白く抜いて商売心得帖という文字を印刷するということを、やってみたのか。できん、できんと言っているだけではあかんやないか。一度やってみいや」
しかしこちらは、印刷会社の担当者が経験的に難しいと言うことを、今さらやってみても無駄なことだと思っている。だから、その難しい理由を繰り返した。繰り返しているうちに、松下の語気も荒々しくなってきた。
「とにかく、これは不良品や。こんなもん、電気製品やったら不良品で責任を取らんといかんようなものや。それがわらんのか。やり直せ!」
私は内心、こんな小さなこと、些細なことで、どうしてこんなに一生懸命になるのだろうか。本を水平にして見るなどというのは松下さんぐらいしかいないだろう。正面から見ればほとんどその凹凸が目立たないのに……、と思っていた。
けれども仕方がない。さっそく印刷会社の担当者に伝えたところ、「そんなこと、できませんよ」と押し問答になった。しかし、最後に工場の責任者の人が「松下さんがとにかくやってみろと言っておられるんだったら、なんとかやってみましょう」と、好意的に引き受けてくれた。
どこまでできるものか。紺地の一部を白く抜き、そこに文字を印刷する。とにかくできる限りやりましょうと、それから三日三晩徹夜に近い状態で、印刷会社の現場の人たちが研究を重ね、工夫をしてくれた。そして信じられないことに、おかげでそれが可能になった。
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