実の父に連れられて小学5年生の少女が歌舞伎町に—「買う側」の責任は
新宿区役所の元職員で、2016年に同法人を立ち上げた。
金曜と土曜の週2回、歌舞伎町の夜間パトロールを行い、地元自治会の厚意で借りた集会所の一室を開放し、社会福祉士らが対応する「夜間相談所」を開き、カップ麺やお菓子などを提供している。
佐藤さんによれば、かつて歌舞伎町の路上には売春を生業とする「街娼」はいたが、年齢は30代や40代だった。それが一気に若年化したのは、20年8月ごろだったという。
「新型コロナウイルスの感染拡大で、家にも学校にも居場所を失った子どもたちが、歌舞伎町に流れ込んできました」
最初は数人の若者の集まりだったがSNSを通じて瞬く間に広がり、「トー横」と呼ばれる一角を埋め尽くした。
彼女たちは、生活費や宿泊費を得るために路上に立ち始めた。中にはホストにのめり込み、多額のツケを払うために立たざるを得なくなった子も少なくない。
いつしか彼女たちは「立ちんぼ」と呼ばれて揶揄され、男性に消費されていった。
その若年化は、想像以上に深刻だ。
これまで佐藤さんが支援してきたなかで、最年少は小学5年生の女の子だった。実の父親に歌舞伎町に連れてこられ、売春を強いられていたという。
昨年、東京都文京区の「マッサージ店」で働いていたタイ国籍の当時12歳の少女が人身取引被害者として保護された。佐藤さんは言う。
地方都市に出稼ぎに行く女性も
「足元の日本人の子どもたちも、売春をさせられています」
コロナ禍の20年8月ごろから 多くの女性が立つようになったのが、歌舞伎町2丁目にある「大久保公園」の周辺だった。
最盛期は21~22年にかけてで、多い日は夕方から夜にかけ100人以上が、公園周辺のガードレールに沿って立っていた。
だが、23年になると警視庁が東京都内全ての警察署を動員した取り締まりを強化し、25年には一部のガードレールも撤去した。
ただそれで問題が解決したわけではない。女性たちは2ブロックほど離れたラブホテル街に移動し、売春を続けたのだ。地方都市に「出稼ぎ」に行くようになった女性もいた。
佐藤さんは、「立ちたくて立っている子は一人もいない」と強調する。


















