54歳で東京藝大合格。「京大卒→電通で32年勤務」のエリートに退職&学び直しを決断させた"あの時の後悔"

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しかし、青春を謳歌して勉強を疎かにしたツケが回って、高校3年生になる頃の学力順位は下のほうまで下がってしまったこともあり、現役で受かることは難しいと思っていました。

「親には悪いけど浪人だな」と思っていた現役の受験の共通一次試験は800点満点の500点台。足切りのなかった大阪大学の経済学部を受けたものの不合格になり、浪人が確定しました。しかし、この関西への遠征がきっかけで京都大学に強く惹かれることになります。

1浪の末、京都大学に合格

「現役の時は河合塾に通っていたのですが、そこで仲良くなった他校の子や大学生チューターの方が僕の受験のついでに関西に旅行に来ました。終わったら観光しようということになったのですが、その際に、関西出身で京大を受けたものの不合格で横浜国立大学に行ったチューターが、『京大見せたるわ!』と言ってくれたので京大を見ることになりました。

それで京大に行ったのですが、見た瞬間にここに入りたいと思いましたね。面白い立て看とか、黒板の3分の2がビラで埋まっているとか、トイレに入ると『Right is right, Left is left(右翼は正しい、左翼は取り残されるだけだ)』というしゃれのきいた落書きがあったりして、自由で知的ユーモアにあふれた雰囲気に一瞬で惹かれました」

京都大学を初めて訪れた時の和田さん
京都大学の自由で知的ユーモアにあふれた雰囲気に一瞬で惹かれました(写真:和田さん提供)

大阪大学では経済学部を受験したものの、もともと人文系の学問が好きで人の心に関わる教育心理学に興味のあった和田さんは教育学部を志望します。現役から続けて通った河合塾での浪人生活ではたくさん勉強しましたが、まったく苦にはならなかったといいます。

「浪人の1年間で数学と小論文が得意になりました。特に数学はこの1年で楽しさが開けた感じでしたね。文系ながら、社会と数学が選択式の私大は数学で受けましたし、国立の文系は数学の平均点が低いので、京大は数学の出来で受かったと思っています」

共通一次試験ではあまり良い成績ではなかったものの、二次試験で挽回した和田さんは、1年の勉強の末に無事、京都大学の教育学部に合格することができました。

受験生の時にチューターと撮った1枚
受験生の時にチューターと撮った1枚(写真右が和田さん)(写真:和田さん提供)
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