AIは「救済」か「依存」か、テック信仰の行方、シリコンバレーでは、AIを神格化する疑似宗教的な動きも

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(写真:ブルームバーグ)

助言が必要なとき、人々はどこに向かうのか。最近では、多くの人が画面を凝視し、黙考している。

人工知能(AI)を巡る議論は生産性や成長に終始しがちだ。だが、米誌ハーバード・ビジネス・レビューの昨年の調査によれば、生成AIの主な用途は「心のケア」や「生きる意味の探求」といった、極めて人間的な領域にあった。かつて友人やカウンセラー、宗教家が担った役割に、機械が静かに浸透しつつある。

信仰を持つ人にも持たない人にも、ばかげて聞こえるかもしれない。しかし、不確実性が増す世界で、AIは極めて人間的な欲求を満たしている。

DeepSeekは占い師として重用

中国ではDeepSeek(ディープシーク)が占い師として重用され、インドではヒンズー教聖典「バガヴァッド・ギーター」を学習した「GitaGPT(ギーターGPT)」が普及している。米アマゾン・ドット・コムのライブストリーミングサービス部門「Twitch(トゥイッチ)」には「AIジーザス」が誕生し、8万5000人超のフォロワーを集めている。シリコンバレーでは、AIを神格化する疑似宗教的な動きも絶えない。

人々がAIを神聖視するのは、それが「全知」であるかのように振る舞うからだ。AIは耳を傾け、愛を与えてくれる。より正確に言うなら、膨大な知識を学習したAIは、利用者の関心を引きつけるために迎合的な回答を生成するよう調整されている。

テクノロジー業界は長年、AIを宗教的な言葉で装飾してきた。「超知能」の開発競争は、病の克服や地球の救済、労働からの解放といった救世主的な約束と共に語られる。リスクもまた、人類の救済か破滅かという壮大な文脈で提示される。奇跡のような商品として宣伝されれば、利用者が信者のように心酔するのも必然といえる。

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