張又俠らは、すでに私兵化されていた軍において、中央軍事委員会のメンバーが順守すべき規範に背いた罪が批判されたのであり、今回の事件によって軍の私兵化が進んだのではない。習近平の権力に張又俠が挑戦したという一見ありそうな「物語」が当局によって流布されたとしても情報操作の一環か、そうでなければ、根拠はあくまで習近平の主観的判断にすぎず、さらにいえば、張に対して習が実際に深刻な脅威認識をもっていたわけでもなかろう。
軍内でのみずからの地位に対するそうした確固たる自信と実力があったからこそ、習近平は、1月28~31日(中国現地時間)まで4日間の長期日程で組まれた、8年ぶりとなるイギリス首相の訪中という重要な外交イベントの直前に、軍令部門のトップ2人を拘束したのである(後掲、表1・⑨)。そうした心の余裕がなければ、誰があらかじめそうした日程で外国首脳との会談を設定する(できる)だろうか。
反腐敗第2波と李尚福事件の衝撃
先にみた個人確執説、派閥闘争説、台湾有事説、外国通謀説には、2つの問題点が指摘できる。ひとつは、上述のような「主席責任制」違反に関する片言節句の解釈と、推論に推論を重ねる論法にとらわれる一方、現実の政治過程、すなわち、すでに生起した政治事象や前後の政治的スケジュールに照らして張又俠事件の意味を検証していない。中国政治の分析では、言説も大事だが、実際行動への着目はいっそう重要である。
いまひとつの問題として、上記のいくつかの解釈は、今回のような大事件がなぜ2026年1月というこの時点で発生したのかを十分に明らかにしていない。政治家にとっての決断とは、ある意味ではタイミングの判断そのものである。「なぜいまなのか」――それへの考察がない説明は説得力と政治的センスを欠いている。
イギリスの国営メディアBBCの調査報道によれば、12年の第1期政権の成立以来、習近平指導部が腐敗の罪で摘発した高級幹部(党中央が管理する「中管幹部」、具体的には省レベル以上の党委員会・政府の指導者、中央政府の各部門の正副役職者など)の人数をみると、2つの波があることがみて取れる。「第一の波」(13年下半期~16年上半期、摘発者数105名)と、「第二の波」(23年上半期~25年10月時点まで、同154名)である。いったん小康状態にあった摘発活動が、22年の第3期政権の発足を経てふたたび強化されている。
26年1月に発表された最新の公式統計によれば、25年の1年間だけで当局は約98万3000人(前年比+10.6%)を各種の規律・法令違反で処分し、これは過去20年間で最多の記録を更新した。要するに中国ではいま、反腐敗の大きな嵐が吹き荒れている。



















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