若者が質問「普通ってそんなにいけないこと?」—。『テルマエ・ロマエ』作者のヤマザキマリ「最後の講義」の回答は

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普通とか、普通じゃないという次元の解釈じゃないんですよ。農業などに携わって我々の食を支える第1次産業従事者がいるのと同じく、表現者は欧州ではメンタルの第1次産業従事者なので、その道を選びたいと言っても「普通じゃない、やめろ」とは言われない。

苦労はするだろうけど、がんばってくれ。その程度のリアクションですね。何が普通で普通じゃないのか、その基準は土地によっても変わるし、同じ場所でも時代が変われば意味をなさなくなる場合もある。普通というものの性質を踏まえつつ、考えてみてください。

周りと比べず自分の心の声を聞くこと

とはいえ、無難な道を歩んでいる友だちを見てうらやましくなったり、自分の選択を後悔したという経験は私もしています。他者との比較がもたらす苦悩は、ホモサピエンスの特徴でどうしようもないのですけど、苦しみたくないのなら、自主的に比較したくなる気持ちを遮断するしかありません。

自分のありのままを受け入れて、それを支持してあげられるようになれば、比較の苦悩も和らぐでしょう。この地球で精神的にタフに生きていくために必要なのは、自分の声を聞いてあげながら、世間体にとらわれてばかりいずに、1回きりの人生を大いに生かしてあげることです。

私は油絵を途中で挫折しました。油絵目的でイタリアへ留学し、個展ができるようになるまでがんばろうと尽くしましたが、やっぱり今は無理だ、とあきらめる瞬間がありました。

それは妊娠をしたときです。志願したわけでもなくこの世に生まれる子どもに、今の自分のような世知辛い生き方を強いることはできない、と思いました。

とりあえず自分がやったこともなければやりたいと思ったこともない仕事をがんばってみる。そうすることで自分に対しても「やろうと思えばできるじゃん」という自信もつくし、そんな母親のほうが子どもも安心してくれると判断したからです。

私はいったん油絵のシャッターを閉めて、完全に漫画に移行しました。そのあとはテレビのリポーターから大学の先生まであらゆることをこなしながら生きてきましたが、漫画がヒットして交友関係の幅が広がったとき、親しくなったミュージシャンの山下達郎さんから自分の肖像画を描いてほしいと頼まれたのです。

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しかも、私の専門だった15世紀のルネサンス風のものでいいとおっしゃる。30年ぶりくらいに油絵を描きましたが、筆もカンバスもいつも私のそばにいてくれたように、スッとなじんで、久々に没入しました。待っていてくれたんだなと思いましたね。

自分で時間のプロデュースをしていく中でタイミングを読む力は大事かもしれません。目的達成にしがみつくのではなく、引き際を知ること。そして良きタイミングでまたその意欲を戻すこと。

何が自分にとってやりがいがあることなのか、それを模索するためにも、とにかく20代のうちは精力的にできそうな仕事をたくさん経験し、徐々に引き算をしていけばいいと思います。

たとえば家庭を持ったときに相手が「今の表現の仕事はやめて、普通の仕事についてほしい」というリクエストをしてきたとします。その場合、家庭の安寧を優先するためにいったんは普通の仕事につくのも大事な経験だと思います。

普通という価値観は曖昧なものですから、普通、普通じゃないというこだわりから離れて、どんなことでも自分の人生にとって必要な経験なんだと捉えればいい。それだけの話だと思います。

【あわせて読む】
負の感情は抱えたままでいい――漫画家・文筆家・画家ヤマザキマリが「失敗を恐れる時代」に伝えたいこと。挫折と「もうダメ」の、その先
ヤマザキ マリ 漫画家・文筆家・画家

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やまざき まり / Mari Yamazaki

日本女子大学 国際文化学部国際文化学科 特別招聘教授、東京造形大学客員教授。

1984年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。

2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受賞。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。

著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』『最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』など。

2026年1月現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中。

*Photo:ノザワヒロミチ

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