「1時間並んだ店がまずい」で怒る人が陥る"盲点"――精神科医で僧侶が解き明かす、仕事も人間関係も壊す"しつこい怒り"のほぐし方
●怒っている人の視野はおそろしく狭い
つまり、お客さんにとって重要なのは、ラーメン本来の味というより、自分の中でどんどんふくらんだ「期待どおりの味だったか」であり、その期待が裏切られたから怒るのです。
職場でも、よくあります。たとえば、今期はいい成績を出した。だからボーナスアップは間違いないと思っていた。でも、そうではなかった。「ふざけんな!」と怒る。
しかし、会社全体の売上が厳しいために見送られたのかもしれません。自分よりもっと高い評価の人がいたため見送られたのかもしれません。
怒っている人の視野はおそろしく狭くなっています。さまざまなことに思いいたらず、「自分が期待していたとおりにならなかった」その一点だけで、「ふざけんな!」となっているのです。
この「期待どおりにいかないことで引き起こされる怒りのメカニズム」は日常にごまんとある、ということをよく知っておいてください。
依存と怒りのメカニズムとは
●「近しい関係」こそ要注意
「こうあるべきだ」「こうあってほしい」という期待と、期待どおりにいかないことで引き起こされる怒りのメカニズム。
これは、「依存と怒りのメカニズム」でもあり、さまざまな関係性の中で起こっています。
たとえば、もういい大人になっているのに、「親だったら、子どものめんどうをみるのは当たり前だ!」という子ども。反対に、押しつけがましく、「育ててやったんだから、子どもが親のめんどうをみるのは当たり前だ!」という親。
どちらも「家族」とか「親子」という関係性に依存して、「配慮してくれて当たり前」と思い込み、その期待が外れると怒りがわく、という構図です。関係性に甘え、自分の思いどおりにならないと、「ひどい!」「信頼していたのに!」「恩知らず!」「裏切り者!」と怒るわけです。
赤の他人に、「私のめんどうをみるのは当たり前でしょ」とは思いません。近しい関係だからこそ、そこに怒りの種がひそんでいるのです。
●「煩悩」が渦巻く世の中
職場でも、同じです。
「同僚」や「上司・部下」という関係性に依存して、「配慮してくれて当たり前」と思い込む。そして、その期待が外れると怒りがわく、という構図です。
しかし、これは、人間とは根本的にそういうもので、怒りの種となる期待や依存―仏教的にいうと、「煩悩」は、日常のありとあらゆるところに存在しているのです。


















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