電車が海の上を走る、英国「桟橋鉄道」なぜできた? 19世紀に誕生、陸から遠く離れた船着き場への足
ワイト島の北岸が極端な遠浅であるため、200年以上前に長大な桟橋が建設されたのは前述のとおりだ。ただ、鉄道があるとはいえ長い桟橋を移動して連絡船に乗り換えるのは面倒だ、という需要に応える「別ルート」も用意されている。
それが、ホーバークラフトによる高速船ルートである。島民であれば自家用車で乗り場まで容易に行くことができ、パーク&ライド用の駐車場があるほか、バスの停留所にも近い。こうした「足の良さ」から、一定の利用者がいる。
現在、ワイト島とイギリス本土間を行き来するホーバークラフトは3隻が運用されている。実は、2025年に就航した大分空港アクセスのホーバークラフトは、ここで使われているのと同型船だ。港近くのカフェに立ち寄った際、空手をたしんでいるという店主が、「日本からスタッフたちがしばらく島に来ていてね、うちの店にも寄ってくれたよ」と、嬉しそうに話してくれた。
今も続く「鉄道と船の連絡切符」
ワイト島の鉄道と連絡船について忘れてはならないのは、かつては日本にもあった「鉄道船舶一貫輸送」が残っていることだ。
日本でも、本州と北海道を結ぶ青函連絡船や四国に行く宇高連絡船(ともに1988年廃止)があった頃は、鉄道と連絡船を通しで利用できる切符「船車券」が発売されていたが、青函トンネルや瀬戸大橋の開通で姿を消した。近年まで残っていた広島県の宮島へのフェリー接続切符も通し販売が2023年9月末で廃止され、日本では「船車券」は歴史の彼方に消えた。


















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