2兆円企業ニデックを築いた永守氏が見落とした《エフェクチュエーション》の死角、予測不能な時代にAIではなく「経営の神様」が求められるワケ

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その結果、日本のビジネスパーソンが「神」のような頼れる存在を求めているのではないだろうか。AIがより台頭してくれば、このニーズはなおさら強まるだろう。

人々が抱く名経営者の理想像は、突出した経営能力と驚くべき業務実績だけでなく、宗教の教祖のようなカリスマ性、哲学的思想、物語性、公を重視する倫理観を併せ持つ、心から尊敬できる人格者である。

社会学者のマックス・ウェーバーは、「カリスマに求められる3条件」を次のように提示した。

・日常性からの逸脱(普通の枠を超えた存在として見られること)
・超人的な資質(特別な能力や魅力を備えていると受け取られること)
・帰依者の信念(人々がその人物を正しいと信じ、進んで従おうとする確信)

カリスマ的創業者は、企業の原点を体現する存在であり、判断に迷ったときの拠り所でもある。ただし、「経営の神様」の影響力が強くなりすぎると、別の問題が生じる。「(松下幸之助氏などの)創業者ならどうしたか」という問いが、時代の流れにそぐわず、思わぬ足かせになることもある。

AI時代に求められる経営トップの資質

では、「経営の神様」は世俗化したのか。はたまた、完全に否定すべき存在なのか。

答えは、そう単純ではない。神話として崇め続ける時代は終わりつつあるが、創業者が投げかけた問いまでを手放す必要はない。企業は誰のために存在するのか。利益と社会はどう折り合うのか。そうした問いには、「経営の神様」がいまなお有効である。

AIが経営判断の一助になりうる時代になり、人間の経営トップは何が求められるのだろうか。それは現在、株主重視経営の中で重視されている定量的思考ではない。

前述した「経営の神様」の生きざまなのだ。彼らが話した内容は古臭くなっているかもしれない。しかしその言行は、現代にも十分通じる「ビジネス・リベラルアーツ」なのだ。

いま突きつけられているのは、「経営の神様」を信じるかどうかという踏み絵ではない。その存在とどう距離を取り、「経営の神様」の思考をどう現在の経営に生かすかだ。過去を絶対視せず、しかし切り捨てもしない。その冷静な向き合い方こそが、いまの日本企業、現役の経営トップ、ビジネスパーソンに求められている。

長田 貴仁 経営学者、経営評論家

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おさだ たかひと / Takahito Osada

経営学者(神戸大学博士)、ジャーナリスト、経営評論家、岡山商科大学大学客員教授。同志社大学卒業後、プレジデント社入社。早稲田大学大学院を経て神戸大学で博士(経営学)を取得。ニューヨーク駐在記者、ビジネス誌『プレジデント』副編集長・主任編集委員、神戸大学大学院経営学研究科准教授、岡山商科大学教授(経営学部長)、流通科学大学特任教授、事業構想大学院大学客員教授などを経て現職。日本大学大学院、明治学院大学大学院、多摩大学大学院などのMBAでも社会人を教えた。神戸大学MBA「加護野忠男論文賞」審査委員。

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