なぜ焼肉店勤務の青年は人気アイドルになれたのか? timelesz・橋本将生が「弱さ」を認める理由と、"殻を破れる若手"の条件
オーディションの序盤では、「影が薄い」と言われていた橋本。しかし、10月クールでは連続ドラマ『ひと夏の共犯者』(テレビ東京)で初主演し、見事に好演。着実に進化を見せている。
一体、どのようにして殻を破っていったのか。具体的に見ていこう。
傷つく言葉を正面から受け止めた
3次審査でのこと。橋本は、菊池から「ずっとクールで飽きてしまう」と指摘された。涙ながらに「自分を出すのが苦手」「出し切れない自分が不安」と吐露。この対話を経た後のパフォーマンスで、橋本の表情に変化が見えた。これを見た菊池は、「出せたな、感情を。すげぇ嬉しかったよ俺は」と声をかけたのだ。
だが、4次審査でさらに厳しい言葉が待っていた。ダンストレーナー・NOSUKEから「将生はもしtimeleszになれるのが1人だけだったら譲りそう」と言われてしまう。
普通なら傷つく言葉だ。しかし、橋本はこれを正面から受け止めた。「根本的な理由にすごく納得したし悔しかった。でもその言葉によって気持ちを切り替えられました」と後に語っている。
指摘を受けた後、橋本は自らトレーナー陣に「何が足りないのか」を聞きに行った。先輩候補生の寺西拓人には「明るく見せるパフォーマンスってどうすればいいですか?」と相談した。
後輩が弱さを見せ、先輩がそれを受け止め、変化を認めて言葉にする。批判を受けて終わりではなく、変化を見せることで信頼関係が深まっていく。この循環が、橋本の急成長を支えた。
12月17日には、オーディションの未公開シーンを収録したDVDが発売された。この中で、松島は橋本について「風磨の前でネガティブな部分を出せる、勇気がある子だと思った」と振り返っている。
橋本自身の視点も興味深いものだった。「今だから言いますけど、怒り慣れてないんだろうなって瞬間も垣間見えたから、逆に嬉しかった」と語っている。叱られながらも、“相手の立場”を俯瞰して見ていたのだ。
橋本はオーディション中から繰り返し「人見知り」「コミュニケーションが得意ではない」と自身について語ってきた。
"将生"という名前は、「将軍のようにたくましく生きてほしい」という思いを込めて名付けられたという。しかし、幼少期は"将軍"のイメージとは異なり、甘えん坊だった。「姉と喧嘩するたびに泣いてました」と振り返っている。(『MORE Summer 2025 Special Edition』より)



















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