具体的な政策としてまず求められるのは、補助金や減税による一時的な需要喚起策からの脱却だ。これらの政策は短期的な景気対策としては有効に見えるが、長期的には財政負担を増大させるだけで、生産性向上には寄与しない。
また、企業に対する直接的な支援、とくに半導体分野に見られる巨額補助金政策には慎重であるべきだ。特定企業や特定産業を選別して支援する政策は政治的介入を招きやすく、民間の自律的な投資判断を歪める危険がある。
必要なのは、個別企業支援や供給面での投資支援策ではなく、研究開発、人材育成、インフラ整備といった「基盤」への投資である。結局のところ26年の日本経済に求められているのは、物価を直接的に操作したり、需要を拡大しようとする経済運営ではなく、供給力と生産性を高める成長戦略への本格的転換だ。
その成否は、大学改革を軸とする長期的な人材育成政策を実行できるか、そしてAI人材を社会全体で活用できる制度を構築できるかどうかに懸かっている。
問われる政治家のタイムホライズン
需要追加策も、供給面での投資支援策も、政治的なリターンは明白である。前者は国民の広い階層から歓迎されるだろう。そして後者は、特定のプロジェクトの利害集団からの強い支持があるだろう。だから、政治家がこうした政策を進めようとするのはごく自然なことだ。
それに対して、教育・研究活動を支援しても政治的なリターンを期待することは難しい。だから、政治家が関心を持たないのは当然だ。
しかし、こうした差異は数年間というレンジで事態を考えた場合のものだ。数十年、あるいは100年のレンジで考えた場合には、事態は逆転する。そのレンジでの政治家の評価を決めるものは、需要追加策や投資支援策をどれだけ行ったかではなく、教育・研究活動をどれだけ支援したかで決まるだろう。
要は、政治家が「数年間」というタイムホライズン(いつまでを考慮の対象とするかという時間的な範囲)でしか物事を考えられないか、それとも「100年」のタイムホライズンで考えているかの違いだ。
とどのつまり、短期的な人気取り政策から脱却し、将来の成長基盤に投資する政策への転換ができるかどうかは、政治家の質に依存している。26年は、日本経済が停滞を続けるのか、それとも供給力主導の成長経路へと踏み出すのかを分ける、決定的な分岐点となるだろう。
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