"ちょっと贅沢"なシリーズも人気!チータラの「なとり」がおつまみで勝ち続けるワケ

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2006年に発売を開始した「一度は食べていただきたい」シリーズなど、高付加価値路線の商品も支持されている(写真:筆者撮影)
2006年に発売を開始した「一度は食べていただきたい」シリーズなど、高付加価値路線の商品も支持されている(写真:筆者撮影)
いまどきの工場見学は、ただの社会科見学ではない。ワクワク感やお得感を楽しめる人気スポットであり、企業のこだわりや技術力、現場ならではの工夫に触れられる貴重な場だ。
この連載では、実際に工場を訪れ、見学者目線の驚きや楽しさはもちろん、製品や施設に込められた企業の想いや試行錯誤の裏側をひもといていく。
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「チータラ」は「チーズ鱈」の略称だと思っている方も多いのではないだろうか。

だが厳密には別物で、使われる魚の種類が異なる。「チーズ鱈」はスケトウダラのみを使用している一方、チータラはスケトウダラに加え、ほかの白身魚など複数の魚種を含むすり身を使用している。

いずれも最初に手がけたのは、1937年に創業した老舗メーカーであるなとりだ。「チーズ鱈」は発売から43年、現在は80種類以上の商品が展開される看板商品へと成長した。

なとりがどのようにしてロングセラーを生み出し、育て続けてきたのか。その背景を探るべく、「チーズ鱈」の生産拠点であり一般向け工場見学も行う「なとりチーズファクトリー」を訪れた。

【クリックして写真を見る】チータラで有名ななとりの工場を見学。複数のチーズをブレンドして仕上げるという。

当初は米穀店としてスタート

なとりのルーツは、1937年、東京・北区で創業した「名取精米店」までさかのぼる。当初は米穀店としてスタートした同店だが、戦後の食糧事情の変化に応じて事業を転換し、1948年には加工水産物の製造を目的に「株式会社名取商会」を設立。ここから現在のなとりへとつながる加工食品メーカーとしての基盤が形成された。

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