本来、競馬とはもっとも資本主義的なスポーツである。資本が、カネが物を言う。そもそもギャンブルとはカネをかけることがすべてであり、すべてはカネ、という世界の象徴である。
生産者、馬主の方も、すべて経済原則に則って行われる。生産者の目標も、調教師の目標も、高く馬を売るため、賞金を稼ぐためであり、その獲得したカネが次の馬を生み、育てるのである。それにもかかわらず、日本では、ファンはカネ最優先ではなく、愛や思い入れが最優先なのである。ギャンブルだけに終わらない。これは持続性がある。
日本は、馬券を買うファンも、馬主も、庶民が広く支えている、しかも、それはカネではなく愛が目的であるから、持続性がある。しかも、これは自然発生的に様々なきっかけで生まれてきた、ボトムアップであり、草の根で根付いているから、揺るがない。すばらしい。
競馬の大衆化を主導したJRAの功績は大きい
しかし、これは、自然発生であると同時に、この背景を準備した、そして、主導的に産業の発展を熱望し、仕掛けた主体がいた。それがJRAである。
JRAは1979年から、大キャンペーンを行った。ハイセーコーで生まれた競馬ブームを一過性に終わらせず、持続的なものとするため、競馬はギャンブル、中高年の男性のもの、というイメージを払拭し、ファン層を広げるため、若者そして女性をターゲットにし、徹底的な明るい広報活動を行った。
銀座のデパートでイベントを開いたり、テレビCM、電車の車内広告などを行ったりし、同時に、競馬場や場外馬券売り場を明るい綺麗な場所とするために投資を惜しまなかった。JRAという非営利団体は、日本の現在の競馬人気の深さと広さができるきっかけ及びその背景、広い下地を作ってきた、しかも、それを戦略的にリードして作ってきたのである。慧眼と行動力をもった官の組織が存在したのである。
JRAの役割は、生産、レースの質を上げることにも貢献した。というより、こちらも積極的に戦略的にリードした。1979年から「強い馬づくり」がヴィジョンとして掲げられ、それを軸に日本競馬の生産の強化、競争のレベルアップに取り組んできた。11月30日に行われるジャパンカップという国際招待レースが1981年から始まった。生産においても、トレーニングセンターの充実を図り、欧米に追い付き追い越せが、競馬の世界でも、1980年代の日本経済の世界での躍進と相まって、急速に進んだ。



















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