孔子の「13年転職失敗」とイエスの「社内改革頓挫」…偉大な教祖の"不遇すぎたキャリア"と"逆転のブランド戦略"

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彼が提唱した「公平性」という事業理念は、売春婦や徴税人といった「弱い立場のスタッフこそ最優先で救われるべき」という、現代の「ダイバーシティ&インクルージョン」にも通じる革新的なものでした。

しかし、その「革新的すぎた事業計画」は、組織内部で深刻な軋轢を生みます。「全社員の給与を一律に」「マネージャーを全員女性に」(あくまでたとえですが)というような彼の急進的な提案は、既得権益を持つ「経営陣(サドカイ派)」や「別の有力派閥(ファリサイ派)」の猛烈な反発を招きました。

最終的に彼は、チームのメンバー(イスカリオテのユダ)に裏切られ、会社(ローマ総督)から「十字架刑」という最も過酷な形で処刑されます。創業者は社会的に抹殺され、プロジェクトは頓挫。事業として見れば、これ以上ない幕引きでした。

後継者による「戦略的ピボット」

ここで決定的に重要な事実は、イエス・キリスト本人は「キリスト教」という名の「新会社」を創ったわけではない、ということです。彼自身は、あくまで忠実な「ユダヤ教徒(社員)」として生涯を終えました。

彼の死後、この改革運動を「新会社」として独立させ、世界宗教へと飛躍させたのは、ペトロやヤコブ、そして何よりも「2代目」としての卓越した経営手腕を発揮したパウロでした。

創業者の死後、弟子(残った社員)たちは「使徒会談」という名の「経営会議」を開きます。最大の議題は、「この改革運動を、親会社(ユダヤ教)のルールに従う『社内の人間』だけのものにするか、それともルールを知らない『社外の人間(異邦人)』にも広げるか」でした。

ここでパウロが、大胆な「戦略的ピボット(経営方針の転換)」を断行します。パウロはもともとイエスの運動を弾圧していた「競合他社の社員」ともいえる立場でしたが、イエスの死後に「回心」。彼は「社外」への積極的な拡大を主張し、その最大の障壁となっていた親会社の厳格な「入社規定(割礼という儀式)」は、新規顧客(異邦人)には不要であると、経営陣に認めさせたのです。

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