孔子の「13年転職失敗」とイエスの「社内改革頓挫」…偉大な教祖の"不遇すぎたキャリア"と"逆転のブランド戦略"

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①孟子(ブランディング担当)

孟子は、生前は中級役人止まりだった孔子を、「歴史上の偉人」、いや、堯(ぎょう)や舜(しゅん)といった伝説の聖王に匹敵する「聖人」として神格化する、「ブランディング戦略」を展開しました。

彼は、孔子の教えの核心である「仁」を、「人間の本性は善である(性善説)」という明快かつ強力なキャッチコピーで再定義。孔子を「経営の神様」ともいうべき、誰もが仰ぎ見る絶対的な存在に押し上げたのです。

②荀子(システム実装担当)

一方、荀子は、孔子の「仁」という、ともすれば理想論に聞こえる理念を、国家統治に実装可能な「実用的な制度(礼)」へと落とし込むことに成功します。

彼は「教育」と「ルール(礼)」こそが社会秩序の維持に不可欠であると説き、ライバルだった「法家」の思想すら取り込みます。たとえるなら、創業者の崇高な理念を、現実の組織を動かすための「就業規則」や「コンプライアンス規程」に結びつけるように、儒教を現実的な「統治の道具」として完成させたのです。

この「ブランド価値の確立(孟子)」と「統治システムへの実装(荀子)」という両輪があったからこそ、孔子の教えは、彼の死から数百年を経て、前漢の時代についに「国策」として採用されるに至ったのです。

ケース2:イエス―― 「社内改革家」の死と、「スピンアウト」させた後継者

イエス・キリストのケースは、孔子よりもさらに急進的です。

拙著では、イエスを「巨大プラットフォーム企業(ローマ帝国)」に買収された「伝統企業(ユダヤ国家)」の形骸化した文化を変えようとした、「社内起業家」あるいは「情熱家」としてたとえています。

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