《ミドルのための実践的戦略思考》ジェイ・B・バーニーの『企業戦略論 競争優位の構築と持続』で読み解く金属製品メーカーの人事課長・岩岡の悩み
■ミドルリーダーにとっての意味合い
さて、それではこのフレームワークから、ミドルリーダーの視点で学ぶべきことは何でしょうか。
まず1点目は、「安易な競争優位性を求めない」ということです。ここまでに考えてきた通り、一朝一夕にできてしまう優位性などというものは、同じように一朝一夕でなくなるのです。これは「模倣困難性のパラドックス」と言われることでもあるのですが、「模倣困難なものは、自分たちがゼロから作り上げるのも難しい」ということです。したがって、模倣困難性については、時間軸を広げて、自分たちが信じることを確実に積み上げていく以外にないのです。もし社内の経営会議などで、安易に「競争優位性」という言葉を聞いた場合は、要注意です。それは自社にとって勝手な都合で考えた場合が多いです。「なぜ競合は真似できないのか?」という問いを真摯に問い直す意識を持つように心がけてください。(なお、この強みを作り上げていく過程については、ゲイリー・ハメルとC.K.プラハラードによる『コア・コンピタンス経営』の第7章レバレッジ戦略に詳しいので、関心のある方はそちらもご参照ください。)
2点目は、本文でも強調しましたが、考える順番を意識する、ということです。再度ここを強調する理由は、過度なまでに競合や競争優位性を意識し、最初の重要な問いであるValue(経済価値)ということがすっぽり抜けていることがよくあるためです。今回のグローバル金属工業のケースにおいては「ソリューション営業」という施策自体が顧客にとって価値のあることではありましたが、業界自体が長らく成熟状態で、同じ競合と長らく激しい競争に置かれている業界においては、この経済価値ということがすっぽり忘れられる傾向があります。当然ながら、模倣困難であっても、経済価値を生まないもの(=顧客にとって意味のないもの)には全く意味がないのです。したがって、まずミドルリーダーは、競合よりも先に顧客にとっての経済価値を意識することです。顧客接点に近いミドルリーダーだからこそ、顧客視点から考えるということはとても大事なことです。
そして最後の点は、このフレームワークを「議論の起点」に活用してほしいということです。
VRIOというフレームワークは、頭では理解しやすいのですが、実はそこに書かれている問いは非常に深遠なものがあります。まず「経済価値」ということに答えるためには、何が顧客にとって意味があるのか、何を顧客は求めているのか、それは本当に今後も継続的に続くものなのか、というような問いに答えられなければ、少なくとも答えは見つかりません。稀少かどうか、模倣困難かどうか、ということは競合の状況に対してアンテナを高く張っていない限りは答えられません。そして組織に関する問いについては、自社の組織上の特性や、現状のルーティンのあり方などを深く理解していない限りには答えられないのです。
それだけ深い問いなので、一人では考えにくく、また組織内でも意見はばらばらになるでしょう。したがって、まずはこのフレームワークを使って組織内で議論をしてみることが重要になります。もちろん一朝一夕に答えが出るものではありませんが、組織内で議論を重ねることにより、これらの重要な問いに対する感度を高めておき、認識を合わせておく過程に意味があるのです。もし岩岡さんの組織内においてもこのような議論がなされていれば、人材採用のような問いに対して一喜一憂するのではなく、もう少し視野の広い考えが出来たかも知れないのです。
さて、今回はリソース・ベースト・ビューという企業の経営資源をどう見るか、ということを紹介しましたが、次回はこの流れで野中郁次郎氏の『知識創造企業』(SECIモデル)をご紹介したいと思います。ご期待ください。
荒木博行(あらき・ひろゆき)
慶応大学法学部卒業。スイスIMD BOTプログラム修了。住友商事(株)を経て、グロービスに入社。グロービスでは、企業向けのコンサルティング、及びマネジャーとして組織を統括する役目を担う。その後、グロービス経営研究所にて、講師のマネジメントや経営教育に関するコンテンツ作成を行う。現在は、グロービス経営大学院におけるカリキュラム全般の統括をするとともに、戦略ファカルティ・グループにおいて、経営戦略領域におけるリサーチやケース作成などを行う。講師としては、大学院や企業内研修において、経営戦略領域を中心に担当するとともに、クリティカル・ シンキング、ビジネス・ファシリテーションなどの思考系科目なども幅広く担当する。
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