《ミドルのための実践的戦略思考》ジェイ・B・バーニーの『企業戦略論 競争優位の構築と持続』で読み解く金属製品メーカーの人事課長・岩岡の悩み
■解説:岩岡さんはどうすべきか?
さて、それではこのVRIOのフレームワークを使い、グローバル金属工業の状況について再度考えてみましょう。
グローバル金属工業がこの環境下において「ソリューション営業力」を持つことができれば、それは確かに「経済価値」のあることでしょう。これまで互いに気付かなかった顧客の潜在的なニーズを引き出すことで、新たな受注や新しいビジネスの拡大につながる可能性は出てくると思います。そして現時点において、競合もさほどソリューション営業力を有していないとすれば、「稀少」なものであるとも言えるかもしれません。
しかし、その上で考えるべきは、「ソリューション営業力は本当に『模倣困難』なのか?」ということです。少なくとも、岩岡さんが考えるように、数日の研修と、良い人材の採用により成し遂げられるものであるならば、多少のコストをかけることで競合も簡単に真似できてしまい、中長期的な競争優位性にはなりえません。したがって、岩岡が悩んでいるレベルのこと、すなわち、営業力の高い良い人材が採用できたとしても、それは一時的な話であり、少なくとも業界トップを目指す企業にとって、真の競争優位性とはなりえないのです。
では、どうすればいいのか。まず、ここでは、そもそも「ソリューション営業力」というのが何を指すのか、ということを考えるべきでしょう。
おそらく、グローバル金属工業が目指しているソリューション営業力というのは、いくつかの要素に分かれるはずです。まずは顧客の課題を適切に特定する力。つまり、顧客がどのような環境に置かれており、その環境下で今考えるべきことは何なのか、という「問い」を設定する力です。次に必要なことは、その問いに対する解決策を幅広く洗い出す力。つまり自社製品の枠内に思考範囲を限定することなく、自由に発想するクリエイティブな思考力が重要になります。そして、その解決策の中からベストなものに絞り込む力になります。ここには、相手の視点に立ち、判断軸を明確に定める力とともに、自社で実行可能なソリューションに落とし込んでいくマッチング力も求められるようになります。
このように考えてみると、様々な違う力が求められることに気付きます。今まではどちらかと言えば自社製品の知識や過去の実績、プレゼンテーション力や交渉力ということが重視されてきたであろうことを含め合わせると、「ソリューション営業への転換」ということは、既存の営業部隊を、まったくもってスキルセットの異なる世界に飛び込ませることであるのが分かります。
では「誰が」ソリューション営業力を持つのか。当然ながら、業界上位のポジションを狙うのであれば、これらの能力を一人の優秀な営業担当が持っているのではなく、営業現場に立つ多くの人材にインストールされている必要があります。これら能力、あるいは能力をもった人材を、どのようにして獲得していくべきなのでしょうか。
ここで大事なのが、営業課長などの上司に立つ人たちがこういった能力を持ち得るか、ということです。往々にして、これくらいの立場に立つ人は、過去の営業スタイルにとらわれて、なかなか新しいスキルを習得しようとは考えません。しかし、末端がいくら頑張っても、上司がその行為を理解し、認めようとしない限り組織は動かないのです。したがって、まずは課長クラスから徹底に変わるように仕立てる必要があるでしょう。
そして、もちろんのことながら、上司とともに、組織の末端レベルの人材のスキル開発に取り組む必要もあります。ここは、課長クラスとは違い、比較的変わりやすい階層ではあるものの、裾野が広く、人数規模が大きくなります。認識の差、個々が持っている能力の差、担当地域の顧客の差、いろいろな要素が相まって、こういったトレーニングに対する姿勢も大きく変わってきます。おそらくこういったことを確実に仕上げるためには、マニュアルのような定式化・言語化されたツールも必要になるでしょう。
ちなみにマニュアル化という作業は口で言うのは簡単ですが、実は骨の折れる作業です。マニュアル化には当然それができる人材が全面的に協力することが必要ですが、今回のグローバル金属工業のトップ営業担当者のように無意識に出来ていた人材は、得てしてマニュアル化ということを嫌う(意味を見出さない)傾向にあります。もしくは、快く協力するとしても、まったく勘所のつかめていない社員にとって分かりやすいマニュアルを作るというのは、相当高度な能力を要求される仕事になることを認識しておく必要があります。
しかし、業界トップを目指すグローバル金属工業にとっては、ここまで全て整合性を持ってやり遂げてこその「ソリューション営業」としての価値となるわけであり、それが「模倣困難性」につながっていくのです。
そして、VRIOのフレームワークを踏まえると、最後に忘れてはならないのが、それを組織的な行動にどうやって落とし込むか、ということです。つまり、トレーニングをやったところで、所詮は一過性のものにすぎません。その営業力が常に力を発揮し続けるためには、評価制度や組織体制、もしくはもっと些細な日常レベルのコミュニケーション方法などの設計も必要になります。たとえば、既存の営業スタイルでたまたま訪問した顧客と新しい商売につながったケースと、ソリューション営業的手法を駆使しながら顧客の課題を特定し、受注には至らなかったが相手からは大きく信頼性を勝ち取ることができたケースとで、どちらを高く評価するのか。それぞれの営業担当者に、上司はどのようなコミュニケーションをするのか。はたまた、マニュアルは誰がどのようなタイミングで改訂をしていくのか。こんなことが日々のマネジメントで問われるようになってきます。このような現場レベルの仕組みとして組織に根付かなければ、一度築いた強みも、すぐに失われていくことになるでしょう。
ここまで考えると、当初岩岡さんが考えていた「いかに良い営業人材を採用するか」という問いは、もちろん重要なことであるものの、2つの観点が欠けていたことに気付きます。
まず1つ目は、本来は「持続的競争優位性」を意識し、もっと広く長い視点で設計を考えなくてはならない、ということです。少なくとも上記の視点でソリューション営業の旗振り役である営業本部長との議論が必要なはずであり、採用で悩むのはもう一段後でも良いはずです。
そして、もう1つは、先に説明したような組織としての育成の仕組みを築きあげることができれば、必ずしも最初から素晴らしい能力を持ったA級人材ばかり採用する必要はない、ということです。もちろん営業力の高い人材は必要ではありますが、最終的に人材の属人性に頼っているようであれば、その企業は永遠に「持続的競争優位性」を得ることは出来ません。再現性がありませんし、それ以外の人が出来なくては長続きしないからです。そうではなく、普通の人材であっても、その組織に入ることによって高いパフォーマンスが全体として生まれてくる、という状態を目指すべきなのです。