ユーロ紙幣が支える「想像の欧州共同体」--ロバート・J・シラー 米イェール大学経済学部教授

しかし、現金で買い物するたびに取り出す国家の通貨は、そうした疑念を生じさせない。だから通貨には、恒常的にアイデンティティを想起させる働きがあるのだ。通貨を使用することで、人は共通の試みに皆と一緒に参加しているという心理的な経験を得て、参加者たちに信頼感を抱くようになる。

通貨統合において、貨幣や紙幣のデザインには共通の文化的なシンボルが選択される。紙幣に描かれた肖像を何度も見るうちに、その人が家族のように見えてきて、政治学者のベネディクト・アンダーソンが言う「想像の共同体」が作り出される。

ユーロ紙幣は、一部の国々を優先的に配慮しているように見えかねない現実の構造物ではなく、欧州各地の名所旧跡を図案に採用している。オランダの町スパイケニッセは、ユーロ紙幣に描かれた七つの橋すべてを現在建造中だ。

現代の電子技術によって貨幣や紙幣がすぐになくなることはないため、共通通貨のシンボル的な価値を利用する時間はまだ多く残されている。たとえユーロ圏が分裂したとしても、欧州各国が異なる通貨を採用しながら共通のシンボルを維持することは可能だ。たとえば、ギリシャ・ユーロ、スペイン・ユーロなどがありうる。

電子取引でも、平和、信頼、統合のシンボルを生み出すことができるはずだ。欧州がこうしたシンボルの命脈を保つことができれば、ユーロ圏が分裂しても、多くの人々が予測しているほど、欧州にとって悲惨な政治的結末にはならないだろう。

Robert J.Shiller
1946年生まれ。ミシガン大学卒業後、マサチューセッツ工科大学で経済学博士号取得。株式市場の研究で知られ、2000年出版の『根拠なき熱狂』は世界的ベストセラーになった。ジョージ・A・アカロフとの共著に『アニマルスピリット』がある。

(週刊東洋経済2012年4月14日号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。Photo:Lionel Allorge CC BY-SA
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