スマートグリッドの経済学--金融政策、財政政策に代わる第3の経済政策を
また、消費に関しては、人々が消費ではなく貯蓄を選んだ場合、人々は一定期間消費せずに消費に伴う効用の獲得を我慢することになるので、将来それを使う際にはある程度の消費量の増加を求める。
この程度を表す指標が「時間選好率」と呼ばれるものであり、消費を一定期間将来に先延ばしする我慢を補填するだけの消費の増加分によって表される。
慢性的な「流動性のワナ」により不確実性が高まっているときには、人々にとって現在消費することと将来消費することは同じことであると認識されるので、「時間選好率」は一定となる。ここでは、消費を将来に先延ばししても、我慢を補填するだけの消費の増加はないことになるので、消費は一向に盛り上がらない。
一定となった「時間選好率」を上昇させるためには、消費における人々の「コンフィデンス」を高めることが必要である。しかも、消費需要が伸長してモノやサービスが売れないと投資需要が最終的に盛り上がらないため、投資需要をさせるためにも、消費における人々の「コンフィデンス」の向上、消費需要の伸長が必要となる。
以上、日本経済が陥っている慢性的な「流動性のワナ」の克服のためには、投資、消費の両者にわたって企業や家計の「コンフィデンス」を上昇させ、いかに積極的な支出活動を引き出すかが問題解決の本筋となる。そう考えると、財政政策や金融政策は効果がなく、それらに代わって「イノベーション政策」が必要とされているといえる。
投資機会を拡大するイノベーションとしてのスマートグリッド
数年前より世界各国で取り組みが開始されているスマートグリッドは、インターネット、コンピューティング、通信と電力・ガス・石油などの各種技術分野が融合する次世代エネルギー網の構築というチャレンジングな課題である(図1)。
センサー技術、組み込み処理、デジタル通信技術を活用し、家庭内のサーモスタット、テレビ、冷蔵庫、エアコンなどの家電製品、照明などはもとより、電力、ガスなどのスマートメーター、プラグインハイブリッド車や電気自動車などが接続される。オフィスの中ではさらに、さまざまな空調機器、サーバー、オートメーション機器などなど、おびただしい機器・設備がネットワークにつながる。
そうなると、ネットワークの全体効果が参加者の2乗倍で利いてくるという「メトカーフの法則」が作用して、需要が急速に拡大する。それにつれて、半導体の世界で妥当している性能対価格比が18カ月ごとに半減するという「ムーアの法則」がスマートグリッドの世界でも作用してくる。
太陽光発電モジュール、リチウムイオン蓄電池などの関連するハードウエアの価格が長期間にわたり低下することになり、「需要とイノベーションの好循環」が生まれることになる。これは、医療、バイオなど他の分野では見られないスマートグリッド特有の効果である。
同時に日本では、近い将来実施されるエネルギー構造改革がスマートグリッドの経済に与えるインパクトを飛躍的に増大させる。現在、(1)電力の自由化(小売事業解禁も含めた小売自由化範囲の拡大、柔軟な料金メニューによる需要家のピークカット誘引の強化、電力卸売市場の整備、コージェネ推進などの自家発の電力事業参入促進、系統接続ルールや運用ルールの見直しなど)、(2)10電力体制と称される地域独占制の見直し、(3)「発送電分離」の検討を含めた電力市場の改革、(4)電力再編などを含めたエネルギー構造改革が行われることになっている。2012年夏までの報告書の取りまとめ、13年の通常国会に電気事業法などの改正案の提出というスケジュールである。
こうしたエネルギー構造改革は、電力産業だけにとどまらず、ガス、石油などのエネルギー関連産業はもとより、情報通信産業、自動車産業、家電産業などにも大きなインパクトを及ぼすものである。