しかし、彩奈にとって受賞はゴールではなくスタートラインだと語る。
「世界では、いまだに日本でワインを造っていることを知らない人が圧倒的に多いので、日本にこんな美味しいワインがあったのかと、甲州のことを知ってもらえるのはうれしいことです。でも、私たちの中で受賞はもう過去のこと。いい意味で、2013年のモノはちょっと古かったな、と言える程度に壊さなければ、それ以上先に進めない。私は、グレイスワインが甲州のベンチマーク的な存在でいられたらと思っているので、その地位に恥じないようなワインを造っていきたいですね」
三澤彩奈の飽くなきチャレンジ
明野町にあるミサワワイナリーでは、現在12ヘクタールの土地に6種類のブドウを植えており、甲州種が4ヘクタールを占める。そのうち垣根栽培×高畝式の畑は、2012年以降、安定的に糖度20度を超えている。それだけで革新的な出来事なのだが、彩奈はさらなる進化を求めて新たなチャレンジを始めた。
いま育てている甲州種の樹の中から、ワイン用のブドウとして重宝される、小ぶりで粒も小さく、凝縮された糖度20度を超える房をつける樹だけを選び、糖度が20度に満たない樹や風味の乏しい樹を切って、植え替えているのだ。そうすることで、今のクオリティをしのぐ甲州種を生み出そうとしている。
選定した枝が実をつけるのは3年後だが、彼女は今からワクワクしていると笑う。
「辛口で熟成に耐えられる甲州を作りたいんです。今、ようやくスタートラインで先は長いけど、満足いくものを造ることが出来た喜び、それに勝るものはありません」
彩奈のにこやかで柔らかな語り口を聞いていると、へーそうなんですね、と流してしまいそうになるが、よくよく聞くと、甲州種ブドウは熟成しづらい品種。「糖度20度の壁」に続き、まだ誰も成し遂げたことのない領域に足を踏み入れようとしているのだ。
インタビューの終わりに、ふと気になって「趣味は何ですか?」と尋ねたら、「……ワインなんです」と照れくさそうな答えが返ってきた。休日にインターネットでワインの高級機器を検索しては「この圧搾機、素敵!」とか、「このタンクはワイン業界のフェラーリだ!」とひとりで盛り上がっているそうだ。
子どもの頃から醸造所で遊び、ワインと知らずにワインを口にしてきた。そして今もワインの世界に浸りきっている生粋の醸造家なら、再び「甲州の奇跡」を起こせるかもしれない。そのときまた、三澤彩奈の名が世界に轟く。
(敬称略)
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら