3000円台の低価格で注目の放射線測定器、開発は個人ボランティア、専門家・企業が「儲け抜き」で協力

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それだけでは費用的にはもちろん不可能。radiation-watch.orgの活動に賛同した研究者や企業ほかが、実質、“儲け”度外視で協力し、ひいては、ポケガの利用者までもがフェイスブックなどネットを通じて協力することによって、プロジェクトが成り立っているのだ。

昨年3月、原発事故による放射能汚染が起こったものの、東京電力・政府らの混乱と情報隠しは深刻で、実際の状況はよくわからない。個人が放射線量を測ろうにも、もともと高価な放射線測定器はさらに高騰、加えて、粗悪な輸入品が出回るなど“原発悪徳商法”もはびこっていた。

放射能汚染を懸念していたY氏は、知人らと相談、「個人でも手が出る安価な放射線測定器が必要。なければ自分たちで作ろう。価格は3000円程度」と決意し、このradiation-watch.orgプロジェクトを開始した。みなボランティアベースのため、「これ以降、メンバーの土日休日はほとんどradiation-watch.orgの活動で潰れている」とY氏は笑う。

Y氏らメンバーは、センサー機器の基本的な設計はできるものの、放射線測定の専門家ではもちろんない。論文や専門書をあさり勉強して作り上げたが、完成度を高めるうえで大きな力になったのが、専門家による協力だ。

■研究者・学者たちが自主的に協力

その専門家たちの1人(1つ)が、大学共同利用機関法人・高エネルギー加速器研究機構(KEK)だ。KEKは研究所ではあるが、「大学のように研究者の自主性も重んじており、公共性が高く研究活動に役立つのであれば、研究者のボランティア活動も積極的に認め、組織としても協力している」と、森田洋平・KEK広報室長(准教授・博士)は言う。
 
 中心となって協力したのが、一宮亮・KEK素粒子原子核研究所研究員(博士)。一宮氏は震災後、ネットを使って原発事故関連情報のまとめサイトを運営しており、そのサイトを見たY氏らが、一宮氏にアドバイスを求めた。

「半導体式放射線測定器の基本的な仕組みや設計上の注意点をアドバイスした。相談を受けた際、コンセプトや回路構成はよく研究され、バランスがとれていたのには驚いた」と一宮氏。さらに「簡易計測器ではそれ1台では値が正しいかどうかの判断が難しい。その点、ポケガはデータ共有機能で他のユーザーとデータが比較できることが大きな強みだ」と評価する。
 
 一宮氏らは、KEKの保有する特殊な装置なども用いながら、センサーのチェックなど、放射線の専門家の立場から協力をしている。

東京大学大学院農学生命科学研究科の溝口勝教授も協力者の1人。溝口氏は土壌物理学の専門家で、震災を機に飯舘村の農地除染活動に取り組んでいる研究者だ。

放射線測定の場合、同じセンサーを使っても、たとえば特定の点から放射線が出ている場合(研究室などの特定の条件下)と、空間のあちらこちらから放射線が出ている場合(現在の日本はこちら)とでは、検出のされ方が大きく異なる。このため、実験室だけで調整しても、実際の利用空間では適正な値を表示できるわけではなく、実地の確認が重要になる。

溝口氏は土壌の放射線計測のために、ポケガで現地性能テストを実施、また一宮氏らとともに詳細な現地計測などにも協力した。それらの実測データがポケガの精度向上に役立っているのだ。
 
 溝口氏は現在、農地の放射線量を計測するために本格的にポケガを活用している。一口に農地の放射性物質汚染といっても地形や土質など条件によって、状況はまちまち。きめ細かな測定をしなければ効果的な除染はできないが、だからといって高価な放射線センサーを多数使うことはできない。その点、低価格のポケガならたくさん使える。

「radiation-watch.orgは、放射能対策や震災復興をカネ儲けと結びつけずに、若い人が純粋なボランティア精神で開発している。それを粋に感じるからこそ応援したい」と溝口氏は語る。



■飯舘村での実地計測調査を行った


 また、radiation-watch.orgでは、プロジェクト当初から、インターネット上のブログやフェイスブックに、プロジェクトの概要や回路図、進捗状況を公開しながら進めていた。
 
 「このような公開情報を見た内外の専門家たちから、多くのアドバイスを受けることができている」(Y氏)という。ポケガはオランダ国立計量局の正式認証を得ているが、これはポケガの情報に興味を持ったオランダの担当者のほうから連絡があり、正式な手順で確認をしてくれたものだ。このほかにも、ベルギーやフランスほか複数の当局者からもコンタクトがあり、性能確認などに協力を得ることができた。もっとも「日本の官公庁からはまったくコンタクトはありません」(Y氏)とのことだ。

■利益度外視で受注した部品商社やメーカー

具体的な製品量産化には、短期的な採算を超えた企業の取り組みが貢献している。中心的な役割を果たしているのが、テクノアソシエ(本社・大阪市、東・大証2部上場)だ。住友電工系の中堅専門商社で、電子機器の設計・加工請負なども手掛けている。ポケガの量産設計と部材調達を引き受ける。
 
 試作は完成させ量産先を探していたY氏が、かつて取引したつてから、テクノアソシエの試作事業子会社で責任者をしていた小笠原正司氏に相談した。
 
 量産試作設計は小笠原氏の本業とはいえ、通常のビジネスベースでは、見積もりを出したり、具体的な設計を外注したり、部品手配をしたり、と時間もコストもかかる。それでは到底、プロジェクトの目標は実現できないと、小笠原氏は「設計は自分が土日に行って開発人件費は浮かせ、部材も余計なマージンが乗らないように調達した」と言う。もちろんこれはradiation-watch.orgの目的に賛同したからだ。
 
 リスクも限定的(大半は自分の休日人件費)で、職場の上長の許可もあったからできたことだが、「ポケガ自体で会社に利益は出ない」(小笠原氏)。

上長の高田昌浩・テクノアソシエ取締役は、「グループ全体で新しいビジネススタイルに積極的に取り組み、将来の糧を生み出そうとしている。ポケガ自身が育つ可能性もあり、また具体的な製品ができれば、こんなこともできる、という会社としてのアピールになる」と、短期的な利益はなくとも、会社にとってのメリットはあると強調する。

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