《セガがエヌビディアの経営危機を救った800万ドルの深層》 もし、あの時保有し続けていれば歴史は変わったか?

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編集部撮影
エヌビディアとセガはかつて蜜月関係にありました。エヌビディアが経営危機に陥った際にセガの出資によって救われたという歴史もあります。『セガ 体感ゲームの時代 1985-1990』より一部抜粋・再編集のうえ、開発・出資をめぐる裏舞台をご紹介します。

セガ責任者・佐藤秀樹氏の証言

AI(人工知能)向け半導体を手がけ、世界でもっとも注目される会社の一つとなったエヌビディア。しかし同社の歴史は必ずしも順風満帆であったわけではない。1990年代、苦境に瀕していたエヌビディアの実態を、当事者である佐藤秀樹の証言から引用する。

「1995年の第1四半期(※4~6月)ごろだったと思いますが、エヌビディアがセガのためにNV3の研究開発をするには、8ミリオン(注:当時のレートで勘案して約8億円)くらいの資金が必要でした。当時はホンダ出身の入交昭一郎さんが副社長で、入交さんはホンダ出身だから、8ミリオンという金額は大きな金額ではないと判断して出資してもいいんじゃないかということになったんです。ただ、私としては8ミリオンというお金を出したところで、どうなるかわからないという風に思っていたんです。

エヌビディア向けの8ミリオンの稟議書を中山隼雄社長のところへ持っていったら『8ミリオンも、どうするんだ!馬鹿野郎!』という罵声を浴びせられて、さんざん怒られたんですよ。

でも、ジェンスンからはセガからの資金提供がなければ、会社がつぶれてしまうかもしれないと言われました。それではまずいと思って、なにか方法がないかと考えました。

それで、ジェンスンにエヌビディア株式5ミリオン分をセガに渡しなさいという交渉に切り替えたんです。5ミリオン分をセガに株式譲渡して、残りの3ミリオンは現金で開発費として支払うという契約をしたんです」

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黒川 文雄 ジェミニエンタテインメント代表取締役/ゲーム考古学者

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くろかわ ふみお / Fumio Kurokawa

東京都生まれ。武蔵大学を卒業後、アポロン音楽工業に入社。営業、制作を経て退社後、創業したばかりのギャガ・コミュニケーションズに5年間勤務。その後、セガ・エンタープライゼスへ転職。アーケードゲーム宣伝活動と、セガサターンの導入時期に宣伝関連の業務に携わる。その後、1996年、デジキューブに入社。執行役員、取締役を務める。株式会社デックスエンタテインメント代表取締役社長、ブシロード副社長を務め、2012年に退職。現在は映像制作、ゲーム開発などをサポートする株式会社ジェミニエンタテインメント代表取締役、並行してメディアコンテンツ研究家としてゲーム系エンタテインメントの取材執筆活動を精力的に行う。また、エンタメ系企業複数社のコンサルタント事業を行う。DMMオンラインサロン「黒川塾」も開催中。著作に書籍「プロゲーマー、業界のしくみからお金の話まで eスポーツのすべてがわかる本」(日本実業出版社)や、「ビデオゲームの語り部たち」(DU BOOKS)などがある。

オンラインサロン黒川塾も開設。
株式会社ジェミニエンタテインメント
Twitter:ku6kawa230

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