みりんの宝酒造が「海外で日本食を売る」深い理由 100年企業の「食文化」への新たな挑戦

「笹間さん、みりんやチューハイ、焼酎ハイボールでおなじみの宝酒造が今、海外でめっちゃ稼いでるってご存じですか?」
取材のきっかけは、担当編集・O氏からのそんなLINEだった。
「しかも、現地の企業をどんどん傘下に入れているみたいで。僕が焼酎ハイボールでほろ酔いしている間に、今までのイメージとは違う会社になってるっぽいんですよ」
常日頃から「三度の飯よりお金の話が好き」と豪語してはばからないO氏。焼酎ハイボールで酔っぱらっているのは自分の責任ではと思いつつ、「へえ、あの宝酒造が……」と思いながら調べてみると、確かに大きく姿を変えていることに気づいた。
宝酒造を傘下にもつ宝ホールディングスは国内事業、海外事業、バイオ事業の主に3事業を展開している。そして、2025年3月期第3四半期の連結決算では、全体の売上高2669億円のうち1333億円を、営業利益で見ると149億円のうち93億円を、海外事業を担う宝酒造インターナショナルグループが稼いでいる。すっかり親会社・宝ホールディングス(以下、宝)の中核を担っているのだ。

実は、清酒「松竹梅」や「本みりん」で知られる老舗は今、海外での日本食材卸事業へ手を広げている。ここ15年で、日本食材卸で16カ国に拠点を展開するグローバル企業に成長しているのだ。
どうして、まもなく会社設立100周年を迎える宝がそんな変貌を遂げたのか。2017年に分社化し、海外事業を一手に担う宝酒造インターナショナルの森三典社長に話を聞いた。

「酒造」が「食材卸」に参入することになった根本的気づき
日本食材卸事業に乗り出した理由を、森社長は「海外で日本酒を売るため」と明かす。
宝の海外進出の歴史は古く、清酒「松竹梅」の輸出開始は1951年に遡る。当初は、アメリカの日本食材卸会社等を通じて、日本酒の販売を行っていた。
転機は、アメリカ・カリフォルニアで日本酒製造をしていた企業から、経営支援要請が入った際に訪れる。これに応えて1982年に資本参加し、翌年、現地で清酒の製造販売を行うTakara Sake USA Inc.を設立したのだ。そこから宝は、カリフォルニア米を使って、カリフォルニア産「松竹梅」の現地製造・販売をスタートする。勝算はあった。1980年代当時、アメリカでは寿司がブームとなっていたからだ。しかし、日本食の拡大に比べると、日本酒の伸びは小さかった。

「そのとき弊社は、酒は食と違って嗜好品であり、現地のライフスタイルや食文化に少し遅れて育まれていくものなのだと思い知りました。例えば日本でタコスがブームになり始めたときに、突然メキシコのお酒を合わせよう……とはなりませんでしたよね。もっと日本食が広がってはじめて日本酒も普及するのだと気づいたのです」(以下、「」内はすべて森社長)
この根本的な気づきが、宝の海外戦略を大きく転換させる契機となる。「日本酒を、日本の食文化と併せて浸透させる提案をしていこう」という新たなスローガンのもと、酒造でありながら日本食材卸事業に本格参入することを決断したのだ。
決断の裏には、日本食材と日本酒を一体で提案している卸会社が世界各国に存在し、酒を販売する上での重要な取引先となっていたことも大きかった。そうした得意先に対して「食材だけでなく、それに合う酒も提案する」ことは、「相性のいい食材と酒を一度に仕入れ、販売する」付加価値を相手に生み出し、双方にとってWin-Winな関係を構築できると考えたのだ。

M&Aで構築したネットワーク
方針転換を機に、宝は世界各国の日本食材卸会社を次々とグループに迎え入れていった。2010年4月にフランスのFOODEX S.A.S.(以下、フーデックス)の株式を取得して連結子会社化したのを皮切りに、2013年にはイギリス、2014年はスペイン、2016年にはポルトガルとアメリカ、2017年にはオーストラリアへ。グローバルな拠点をどんどん拡大していった。

背景には、ある成功体験がある。過去にはアメリカで、日本食材卸事業の第一人者ミューチャルトレーディングと協力し、大きな成功を収めていたのだ。同社会長を務めた金井紀年氏は1960年代から、「本当にうまい日本酒・純米酒をアメリカで普及させたい」との強い思いを持っており、宝は同社の理念に共感。純米酒を卸して協力関係を築いてきた。
その結果、純米酒は日本食レストランに急速に浸透し、宝が1975年に発売した「松竹梅クラシック」は年間1000石(100万合)という驚異的な販売実績を達成。両社の友好関係はさらに深まり、1985年にはミューチャルトレーディングへの一部出資を開始、2016年には同社からの要請を受け、連結子会社化に至ったのだ。

上記の出来事は、グローバル展開を加速する1つの原動力となった。自社拠点の開設も併せて行い、日本食材卸で2025年には世界16カ国に拠点を構えるまでに成長する。北米エリアに最も注力しており、20拠点を目指して拡大中だ。また、ヨーロッパでは日本食材卸企業としてシェアナンバーワンの地位を築いている。
とはいえ、宝が日本食材卸事業を本格的にスタートしたのは2010年、まだ15年前のことだ。酒は現地のライフスタイルや食文化と一緒に育まれていくものという「気づき」から、日本酒の海外展開を行い、ルートと人脈を開拓していったのだ。そうして、現地取引先との関係性が深まってきたタイミングで、「日本酒を日本食文化と共に提案する」戦略を展開した。
唐揚げ、餃子、たこ焼きも「日本食」として
宝は日本食材卸事業を、「日本酒の知識を正しく持って、食材と一緒に日本酒を届ける事業」と位置付けている。根本はあくまで日本酒にある、ということだ。食に合わせた酒をセットで提案する活動に注力してきたため、必然的に、得意先は日本食や日本酒を提供しているレストラン、居酒屋などが中心で、顧客の多くを占めている。
取り扱う食材は幅広く、魚介、米、のり、わさび、ガリなどの寿司関連から、醤油、みりんほか調味料も。最近は、おこのみソース、焼きそばソース、キムチソースといった「どろっとスパイシーな」ソース類や、寿司の甘ダレのような、甘みのあるソースも売れ筋だ。
「欧米の人は刺激が強い味、濃い味をおいしいと感じる傾向があります。寿司関連で言うと、ガリが象徴的ですね。欧米では、一般的な日本のものよりも“甘濃い”ガリが大量に出てきます。ロール寿司に甘ダレがたっぷりかかっていることもよくあります」
興味深いのは、現地で冷凍の唐揚げ、餃子、たこ焼き、枝豆なども「日本食」として受けいれられている点だ。宝では、元々は海外から伝来した料理でも、日本の食卓に融合し、日本人好みに変化したものは「日本食」とみなしているそうだ。この「日本食」は海外へ行くと現地の文化に融合し、さらなる変化を遂げるという。

たとえば、アメリカでは枝豆にガーリックパウダーやトリュフ塩など、パンチの強い味付けがされている。餃子やたこ焼きは焼かずにフライが好まれる。
意外にも、一番の売れ筋はラーメンスープだそうだ。なかでも、濃厚な「とんこつスープ」が圧倒的な人気を誇り、約9割を占めるというから驚きだ。
そうして、順調に海外での日本食卸事業を進めていった宝だが、その途上で直面した課題は少なくなかった。続く中編ー食材卸で急成長「宝HD」がぶつかった"3つの壁" 日本酒を売る会社から日本食を売る会社へ
ーでは、同社の奮闘についてお届けする。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら