トランプの「エネルギー支配外交」を支える思考法 アメリカ社会を分断した「世界の政治経済構造」

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かくいう私も、歴史を踏まえつつ、地政学と経済学を融合した研究として、『富国と強兵─地政経済学序説』(東洋経済新報社、2016年刊)や『世界インフレと戦争─恒久戦時経済への道』(幻冬舎新書、2022年刊)を発表している。

エネルギーを基軸に据えた政治経済学的分析

著者のヘレン・トンプソン教授(ケンブリッジ大学)もまた、歴史を重視する政治経済学者の一人である。しかも、彼女が際立っているのは、エネルギー問題という視点を持ち込んでいるところにある。

これは、まことに「コロンブスの卵」的とでも言うべき、斬新なアプローチである。

エネルギーが人類の生活において不可欠であり、特に、近代文明が化石燃料の上に成り立っていることは論を俟たない。第1次産業革命と石炭、第2次産業革命と石油といったように、エネルギーは経済体制のあり方に大きな影響を及ぼしてきたことも常識である。そして、石油や原子力といったエネルギーが国家の盛衰を左右し、戦争の原因にすらなってきたことも、誰でも知っている。

それにもかかわらず、奇妙なことに、エネルギーを基軸に組み立てられた政治経済学は、必ずしも多くない。まして、この21世紀の混迷を、エネルギーを中心に解釈してみせた研究というものは、本書以外には、ほとんどなかったのである。

もっとも、本書は、エネルギー問題で政治経済のすべてが説明できるといった調子の、単純なエネルギー唯物論を展開しているわけでは決してない。トンプソンは、経済(特に金融)、民主政治、ナショナリズムなど多岐にわたる要素の間の構造的な因果関係を綿密に考察しており、その中に、エネルギーという要素を欠くべからざるものとして導入しているのである。

逆に言えば、本書を読むことで、なぜこれまで、エネルギーを基軸に据えた政治経済学的分析がなかったのかが分かるだろう。エネルギー、金融、地政学、国内政治との間の関係は複雑怪奇であり、これを解明するには、トンプソンが持っているような、並々ならぬ知識量と卓越した分析力そして説明能力を要するからだ。

ゆえに、この画期的で重厚な研究書を要約して解説することは困難を極めるし、そうすることが必ずしも適切とも思われないのだが、それでも、読者をこの大著へと誘うために、その分析の一端のみをざっと紹介しておこう。

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