メタの"ファクトチェック廃止"がもたらす変化 誤情報拡散と表現の自由、ネット社会はどこへ向かう?

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すなわち、“フェイスブックの存在がトランプ氏の大統領就任に加担した”ことが、そもそもこうした仕組みの出発点にある。

「バイアスのかかった第三者によるファクトチェックを避け、コミュニティの判断に委ねる」という理由を挙げているが、再選したトランプ次期大統領との関係改善や政治的思惑が色濃く透けて見える。

“検閲によって意見が誤って封じられる危険性”と“虚偽情報などの発信防止”のバランスをどう保つかが大きなテーマだが、実はコミュニティノートというアイディアそのものは、Twitter創業者のジャック・ドーシー氏が生み出したもので、決して新しいものではない。

ファクトチェック廃止後、本当にこの仕組みは機能するのだろうか?

ファクトチェックに潜むジレンマ

ファクトチェックに対するメタの取り組みは、リベラル勢やメディア側からは歓迎されたが、保守派やトランプ支持者などからは「検閲」「言論弾圧」として批判を浴び続けた。

メタが実施したファクトチェックは「正しい情報と誤った情報を分け、ユーザーに注意喚起し顕在化を避ける」というもので、決して“消去”するものではない。

しかし、政治的な争点を含む発信となると、そこには論争が起きやすい。思想によって「何が正しく、何が誤りか」の境界は変化し、社会的合意を形成しにくいのはどの国でも同じだろう。

ヘイトスピーチや明確な誤情報を放置すれば、社会的混乱や人権侵害につながりうるのは明らかだが、一方で正当な意見を誤って封じ込めらることもあり、封じ込められた意見を再び“正当なものとして復元”することは難しい。

ファクトチェックによって一度“危険情報”と認定されると、それが誤認だったと後に判明しても投稿者は失った信頼を取り戻すことが困難になる。発信者は意図の正当性を訴える機会なく、SNS上で「抹殺」されてしまう恐れがある。

さらに本当に信頼感のあるファクトチェックを実施するには、国や地域・文化・言語の違いといった膨大な背景情報を理解しなければならない。特定の国で通用する常識が他の国では的外れということは珍しいことではない。

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