アイヌ伝説の猟師が実行、巨大ヒグマ驚愕の撃退法 戦前の北海道「人間と熊の命がけの闘い」の実話

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沢造は懸命に熊の腹にしがみつきながら、右手の刃渡り30センチ近い刺刀を熊の心臓に突き当て、突き刺し、柄まで押し込み、なおもグイグイと力にまかせて刀を抉り上げた。傷口から鮮血がドッとほとばしり、辺りの雪を真っ赤に染めた。

刺刀の切っ先で心臓を突き破られた熊は、狂ったように跳ね回り、暴れだした。

熊などに、同情すべき点は何ひとつなかった

沢造は落されまいと手に満身の力を込めてしがみついていたが、血まみれの刺刀の柄がぬるりと滑って右手が外れた瞬間、熊が大きく横に跳び、からめていた足が外れ、さらに背中の毛を摑んでいた左手も離れ、ついにその場に振り落とされた。そしてすぐさま身を起こし、崖下の大岩と岩壁の間の狭い隙間に目をつけるやいなや、一瞬後にはそこに潜り込んでいった。

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ズキンと左肩に痛みが走るのを覚えながら、そっと振り返って見ると、熊は倒れては起き上がり、岩に当たっては倒れ、川に転げ落ちては岸に上がり、水の中と雪の上とを問わずのたうち回ったあげく、崖に頭を打ちつけてひっくり返り、またもや立ち上がっては流れに倒れ込むといった、手の付けられぬ暴れようで、それでもなお、沢造の姿を求めてか、そこらを無闇矢鱈に走り回っていたが、もはや目が見えなくなっているのか、まもなくよろよろと足をもつれさせ、断崖の下に頽れてしまった。

沢造は身じろぎもせず、熊の断末魔の喘ぎを岩の隙間から冷たい目で眺めていた。

沢造にしてみれば、自分の猟場に無断で入り込み、しかも突然襲ってくる熊などに、同情すべき点は何ひとつなかったし、どんな因果があるにせよ、こんな目に遭わされるのはまったく心外であった。

やがて熊は、赤く染まった雪の上にゆっくりと仰向けになり、四肢をだらりと開いてしまった。これが、冬ざれの山をさまよった末にようやく安息の地を見出したばかりの銀毛の最期であった。

今野 保
こんの たもつ / Tamotsu Konno

1917年、北海道早来町生まれ。奥地での製炭業を経て、1937年から26年間炭鉱に勤務。その後、室蘭にて土木会社を設立。1984年に事故で右手を負傷するが、入院中に左手で文字を書く練習を行い、その後、執筆活動を始める。著書に『アラシ―奥地に生きた犬と人間の物語』『羆吼ゆる山』(いずれもヤマケイ文庫)がある。2000年逝去。

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