アイヌ伝説の猟師が実行、巨大ヒグマ驚愕の撃退法 戦前の北海道「人間と熊の命がけの闘い」の実話
背の荷物を崖っ縁の雪の上におろし、一本橋の上にそろりと足を踏み出した。針金で首を絞められた黄テンは、すでに固くなって、仕掛けた弓の先にぶら下がっている。そこに近寄って首の針金を外し、テンを持ち上げて立ち上がったとき、不覚にも足元がぐらついてよろけてしまった。
沢造は咄嗟にクルリと体の向きを変え、崖っ縁に飛んだ。すると、そこに積もっていた雪がぱっくりと割れて、大きな雪の塊りが沢造の荷物を乗せたまま崖下のイワナ沢に落下し、ドスンと音をたてた。
「ありゃー、荷物まで落ちてしまった。しょうがねえなー、沢の入口から回らねばなんねえか」
沢造は舌打ちしながら左手の斜面に向かった。そうして本流であるベツピリカイ川の岸辺にいったん降り、そこから右岸伝いに下ってイワナ沢に出合いから入り、右側の崖の下を歩いて、荷物の落ちている上流に向かった。
高い崖の下に雪が砕け散っているところがあって、荷物はそこに雪まみれになってころがっていた。その荷物に手を伸ばしかけたとき、後ろの方で妙な物音がして、沢造の背にゾクリと寒気が走った。はっとして振り返ると、崖下の窪みから落葉と雪を蹴散らして一頭の熊が飛び出した。
熊との死闘
沢造が左手に摑んでいたテンを荷物の方へ放り投げたとき、ウォーッと一声、腹に突き刺さるような吼え声を上げて熊が立ち上がり、沢造めがけて襲いかかってきた。
素速く身をかわした沢造は、右手で腰に下げた刺刀(さすが)を抜いた。そして、2度目に立ち上がった熊が両前足を振り上げて威嚇の声を上げながら今まさに飛びかかろうとする寸前、その腹にパッと抱きついた。熊の腰のあたりに両足をからませ、脇の下から両腕を回して背中の毛を手でしっかりと摑み、頭を熊の顎の下に押しつけた。
熊は、なんとかして沢造を振り落とそうともがき、ウワッ、ウワッと短く吼えながら川岸の雪の上を跳ね回った。振り落とされれば命にかかわるのは目に見えている。