「石破政権」維持のカギとなる公明・斉藤氏との関係 「結党60年」の原点回帰で"微妙な神経戦"も

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その一方で、生い立ちなどをみると、石破氏が生後間もなくから父親の地元・鳥取県郡部で育ったのに対し、斉藤氏は隣の島根県郡部で生まれ、すぐ広島市に移って高校まで同市で暮らしている。ただ、父親が島根の自民党村会議員だったことで、斉藤氏は「同じ日本海側の寒村という生い立ちが、互いの親近感につながっている」と強調する。

さらに、中央政界での石破、斉藤両氏の活動を振り返ると、2009年9月の旧民主党政権発足後、野党となった自民・公明両党の政調会長として、「共に与党追及の先鋒役を務めたことが、両氏の親交を一段と深めた」(石破氏周辺)とされる。

そうした中、斉藤氏は、「25年間の『自公連立』を踏まえ、ほとんどの自民党議員は公明の組織票に頼ることが常態化してきた。ただ、選挙区で圧倒的な支持を誇る議員の中にはあえて“非公明”の立場をアピールする人物も少なくないが、石破さんは一貫して公明重視の姿勢を変えていない」と石破氏の姿勢を高く評価。「それが両氏の深い“絆”につながっている」(石破氏周辺)との見方も少なくない。

どちらも来夏の「政治決戦」に“進退”を懸ける

石破、斉藤両氏は、「10・27衆院選」での自公大敗を受けて、与党両トップとして政権運営の中枢となったが、共通するのは「2人とも来夏の『政治決戦』に進退を懸ける」(閣僚経験者)という点。このため「石破・斉藤関係のさらなる強化・緊密化が、危機乗り切りの唯一最大のカギ」(同)との見方が支配的となっている。

ただ、来夏以降の政権維持に執念をにじませる石破氏と違って、斉藤氏は「新生公明としての再起に向け、選挙後に若手にバトンタッチしたい」と本音を漏らす。さらに、結党60年を迎える公明党にとって「平和で清潔な党」という原点回帰には、「自公一体化の見直し」も必須だ。

そうした状況も踏まえ、斉藤氏は与党党首会談などを通じて、「原点回帰のための厳しい提案」(政治ジャーナリスト)を次々と石破首相に突き付けている。補正予算成立の翌日18日には首相官邸で石破氏と昼食を共にしながら会談する中で、「夫婦別姓導入への与党協議」を要請した。

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