家族のケアを担う「まち」を作る北九州の挑戦 あるNPOの活動に若者たちが集まる理由

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奥田さんは、希望のまちプロジェクトのために、YouTubeやシンポジウムでこの活動に関心をもつ作家や思想家、精神科医、ミュージシャン、アーティストなどと討論を重ねてきた。それぞれのジャンルで社会のあり方を問いかけてきた人たちと語り合う。多様な立場の人たちが、このプロジェクトに触発される一方、相互に影響を与えている。

11月5日、福岡市内で抱樸のシンポジウムが開かれた。登壇者は奥田さんのほかに、食と農業の思想やドイツ近現代史の研究者である藤原辰史さん(京都大学人文科学研究所准教授)、アーティストのコムアイさんとそのパートナーで映像作家の太田光海さんの3人だ。

3人の話からは、人が緩やかに出会い、おだやかにつながることで、暴力的な苦しさを乗り越えていけるかもしれない場が、世界のあちこちにあることを教えられた。それは希望のまちが目指している場と同じだ。

11月5日、福岡市内で開かれた抱樸のシンポジウム(写真:抱樸)

藤原さんは、半月前に訪れたドイツのルール地方で、移民の子どもたちの居場所を訪ねた話をした。ルール地方は、かつての北九州市と同じように、石炭と鉄産業で栄えた町だ。

子どもたちが過ごす施設の中心がキッチンで、写真付きのレシピが張り出され、子どもたちは自由に食べたい食事を作り、そばにいる人に食べさせてあげるという仕組みになっているそうだ。お互いに食事を作って食べさせることが、子どもたちの力になるのだという。

藤原さんは著作『縁食論』で、日本の子ども食堂について次のように書いている。「子ども食堂に見られるような家族の絆を超えた食のあり方は、人と人の交わる公共空間を活発化し、さらに創造していくポテンシャルを内包している」。

家族の中に閉じ込められていたケアを「食」という観点から外に開いていく。そこに、新しい人のつながり方の可能性が生まれる。

映像作家の太田さんは、ドキュメンタリー映画『カナルタ 螺旋状の夢』の撮影で、1年間、アマゾンのエクアドル側に入り、先住民族のシュアール族の家庭に寄宿していた日々を振り返った。大自然と向き合って暮らす薬草に詳しい男性が、自分の五感を使って新しい薬草を見つけ、仲間と家を建て、食物を分け合って生活をしていく。ドキュメンタリー映画では、自分の感覚を信頼し、判断し、常に新しく生活が創造されていく、人の持つ根源的な力が描かれる。

コムアイ「死んでもいいかもしれないと思っていた」

コムアイさんは小学生の頃、「死んでもいいかもしれない」と思っていたと語った。学校と家の往復で、地域の人と話すこともないのが寂しかったという。それが中学3年生になって、ボランティア団体に顔を出すようになって変化していった。色々な人の話を聞くようになり、人生は面白そうと思ったそうだ。

格差と分断が進行し、メディアを通じて戦争という暴力に誰もが日常的に触れる時代だ。力がなければ生きられないのではないか。そんな恐怖と不安が日常化している。荒れ果ててしまったかのような時代のなかで、人々が出会い、つながりることで、新たな希望のまちが生まれる。

杉山 春 ルポライター

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すぎやま はる / Haru Sugiyama

1958年生まれ。雑誌記者を経て、フリーのルポライター。著書に、小学館ノンフィクション大賞を受賞した『ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館、2007年)、『移民環流―南米から帰ってくる日系人たち』(新潮社、2008年)『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書、2013年)『家族幻想―「ひきこもり」から問う』(ちくま新書、2016年)など。

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