今回の繰り下げが具体的に検討された場の一つは2013年春に行われた「若者・女性活躍推進フォーラム」である。ここでの議論を受けて、2013年4月19日に安倍晋三首相が経済団体首脳に要望し、容認したことから確定的になった。
この検討の場である2013年3月15日の会合で、経団連の代表者として出席した常務理事の川本裕康氏は、リクルートワークス研究所「大学採用構造に関する調査レポート」(2012年4月発表 2011年卒に対し内定が出た時期を元に試算したもの)のデータを引用しつつ、「就活時期がもし4カ月繰り下げになると、中堅・中小企業の採用活動に影響が出る」ことを明言している。
経団連は、就職率が減少すると予想していた
川本氏が提示したデータによると当時のスケジュールで34.2万人の採用実数だったのが、4カ月の繰り下げを行うと30.3万人となり3.9万人の減少に、就職率も62.8%から56.6%へと6.2ポイント減少すると推測されていた。
議事録によると、該当資料に関する彼の説明はこうだった。
「7ページ目は、採用選考時期を4カ月後ろ倒しした場合の影響ということで書いてございます。今の状況をただ右側にずらした場合、つまり、採用選考時期を後ろ倒しした場合には、下に書いてございますとおり、採用実績あるいは就職率も下がるだろうということでございます。したがって、学生には早くから中小企業のほうにどう目を向けてもらうか、中小企業の実態を知ってもらうかということが非常に重要なポイントになると思っております」
2016年度採用の結果はまだまとまっていないし、就活時期繰り下げだけでなく、売り手市場化という要因も大きいので切り分けての分析は困難だが、現状を見る限りは、中堅・中小企業が大手の内定出しよりも早期にアプローチし内定を出すが、8月1日以降に内定出しをする大手企業にひっくり返されるという構図に見えてしまう。
「オワハラ」という言葉が流行った。これを行った企業を擁護するつもりはないが、とはいえ、大手にひっくり返されるのではないかと不安になるがゆえに、そう走らされてしまったとも言える。これは不謹慎な例えだが、戦争にも似ている。「A国がB国に先に攻撃をしかけた」という事実があったとしても、B国がA国と戦争をせざるを得ない状態に仕向けていたというケースは歴史を紐解いてみるとよくあることである。
そもそも、経団連の加盟企業は1300社強にすぎないし、影響力があるとはいえ、日本の経済団体はこれだけではない。今回の就活時期繰り下げについては、若者・女性活躍推進フォーラムの検討結果として提示されたし、日本再興戦略の中にも盛り込まれている。安倍晋三氏が直接、要望を伝えたのは、経団連、経済同友会、日本商工会議所だが、政府としては実は約800の経済団体に要望を出している。
経団連は、大企業を中心とした経済団体であり、最も影響力が強く、存在感もあると認識されており、長年、就職に関する倫理憲章を運営してきたということもあり、これに関する報道も批判も経団連に集中してしまった。私も経団連批判は行ってきたが、これらの点は考慮すべきだろう。経団連ばかり批判してもしょうがないのだ。むしろ先見の明があったといえるし、汚れ役を買って出た立場だとも言える。今回の榊原会長の会見も、政府からの要請であったことを明言している。
学業、留学の推進は大義名分?
一方、この経団連会長の「見直しもあり得る」発言は、実は突っ込みどころがあるのではないかと思っている。大義名分に反するのではないかと思うのだ。
私は以前から「繰り下げを行っても、ルールは破られるだろう」とか、「少なくとも初年度は混乱する」「本当にこのスケジュールは学生のためになるのか」ということを問題提起してきた。実際、そのとおりになってしまった。
ただ、この就活時期繰り下げには、「大義名分」があったのではないだろうか。それは、学業の阻害をしないこと、もっと言うならば、勉強する時間を確保することだ。さらには、留学の推進ということが上げられていた。若者・女性活躍推進フォーラムの議事録にもその件は明確にうたわれていたのだ。
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