「居酒屋で隣に座る」くらいの距離が重要な訳 若者にも広がる「誰かとつながりたい」感覚

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僕には「開かれた共同体」が作れないだろうかという問題意識がずっとあります。

抑圧しない共同体があり、なおかつ、入れ替え可能なシステムを持っていれば、それが一番いいのではないか。テクノロジーの力を借りれば、ネットワーク共同体のようなものが実現できるのではないかということを、昔から考えています。

例えば、かつての「2ちゃんねる」や「ミクシィ」は、掲示板が中心で、つまり、広場がありました。一方、「フェイスブック」や「インスタグラム」は、自分のフィード、自分のタイムラインしかありません。

自分の友人は、また別の誰かの友人であって、ある意味、壁のない共同体に近いものと言えます。こういった共同体は、求心力は乏しいのですが、閉鎖的ではありません。そして、都市型の共同体とは、このぐらいの緩やかさが良いのではないかと思うのです。

緩やかにつながる都会の共同体

コロナの最中に、東京上空をブルーインパルスが飛んだことがありました。僕は、家にこもっていましたが、それを見ようと思って近くの歩道橋へ上がったのです。

すると、同じようにそこへ来ている人たちがいて、みんなで久しぶりに他の人の姿を見て、一緒に「ワーッ」と声を上げました。

その時に思ったんです。孤独な者同士が、集まってつながっている。この感じが、都会の共同体感覚だなと。このぐらいの緩やかさが、実は望ましいのではないでしょうか。

(構成:泉美木蘭)

佐々木 俊尚 作家・ジャーナリスト

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ささき・としなお / Toshinao Sasaki

1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。毎日新聞記者、『月刊アスキー』編集部を経て、2003年よりフリージャーナリストとして活躍。ITから政治、経済、社会まで、幅広い分野で発言を続ける。最近は、東京、軽井沢、福井の3拠点で、ミニマリストとしての暮らしを実践。『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)、『時間とテクノロジー』(光文社)など著書多数。

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