福島原発事故、国策に抗った元町長、孤高の闘い 1審だけで9年、「井戸川裁判」傍聴記(前編)

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東電の代理人弁護士は、井上の複雑な気持ちを踏みにじるように、双葉の復興をアピールし、もはや帰ることのない「旧町民」と印象付ける作戦に出た。

――双葉町の帰還困難区域の一部が特定復興再生拠点区域として避難指示が解除されているのはご存じですか。

「もちろん知っています」

――今の双葉町には新庁舎となった双葉駅もあり、JR常磐線が全線開通しているのもご存じですね。

「ちょっといいですか」

――ご存じかどうか、まずお答えください。

「はい、知っています」

――双葉駅の西側には86戸の公営住宅が完成していますが、あなたの知り合いでこの住宅に戻って暮らしている方はいますか。

「わかりません」

――あなたは副町長だった間、双葉町の復興のあり方にどんな意見をお持ちでしたか。

自由に話せるチャンスと見て、井上は復興の欺瞞を訴えた。

「本来(の避難指示基準である個人の追加被曝線量)は(年間)1ミリシーベルトです。(国が勝手に)20ミリシーベルト(という線を引き)で解除することには反対です。解除されたエリアは(全町域の)15%。先ほど86世帯の駅西住宅が作られたとおっしゃいましたが。(避難指示が)解除されて2年が経っても元々の双葉町民は64人しか戻っていません」

復興とはほど遠い双葉町、井上の思いは届かず

2024年8月1日時点で双葉町内の在住者は135人。このうち原発事故の前からの町民(帰還者)はわずか64人で、残る71人は新たな移住者だ。一方で同町の住民登録者数は5344人に上る。11年に及んだ全町避難の間も、それだけ多くの人が「双葉の民」であり続けた。

だがすでに多くの人は避難先に生活拠点を移している。双葉町は場所と名前だけが同じで、中身の人や家族、コミュニティが入れ替わった〝別物〟だった。

だが井上の懸命の反論を、東電の弁護士は聞き入れなかった。

――「わかりました。最近の報道によると、双葉町にね、国際会議の開催まで可能な地域最大のカンファレンスホテル……」

強引な進め方を見かねて、井戸川が原告席から質問をさえぎった。

「異議あり。本件と関係ありません」

裁判長は関連性を尋ねたが、東電の弁護士から「双葉町の復興の話をしています」と返されると、質問の続行を認めた。

――新しいホテルも双葉町に建設される予定で、人も集まり、企業も投資判断をする現在の双葉町をあなたはどう考えますか?

「私ならやらないでしょう。現地を知っている人間であれば」

――20ミリシーベルトというお話があったのでお伺いします。あなたの陳述書を見ると、本件事故の被曝による健康影響を専門家たちが否定していると書いていますが、あなたの認識としては間違いないですね。

「はい、20ミリ……」

――あっ、結構です。終わります。

東電の弁護士は井上の話を最後まで聞かずに尋問を打ち切った。井上の指す「専門家」とは、国や福島県の意向に沿った見解を述べる研究者、いわゆる御用学者のことで、すべての研究者が被曝による健康被害を否定していると言ったつもりはない。

前提をはしょって、さも井上自身も健康被害を否定しているかのように見せる意図だろう。ただの揚げ足取りで、まともな法廷戦術とは言えない。なぜ、そこまでして泣き寝入りを強いるのか。私は叫び出したいほどの怒りがこみあげてきた。=敬称略=

日野 行介 ジャーナリスト・作家

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ひの こうすけ / Kousuke Hino

1975年生まれ。元毎日新聞記者。

社会部や特別報道部で福島第一原発事故の被災者政策や、原発再稼働をめぐる安全規制や避難計画の実相を暴く調査報道に従事。

『除染と国家 21世紀最悪の公共事業』(集英社新書)、『調査報道記者 国策の闇を暴く仕事』(明石書店)、『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』『福島原発事故 被災者支援政策の欺瞞』(いずれも岩波新書) 、『原発棄民 フクシマ5年後の真実』(毎日新聞出版)等著書多数。新著に『双葉町 不屈の将 井戸川克隆』(平凡社)。

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