渋沢栄一「論語と算盤」を形作った少年時代の原点 「近代経済の父」が14歳で始めた商売に感じた不満
お金だけでも道徳だけでも世の中動かない
2024年7月に登場した、新1万円札の顔は渋沢栄一です。
きみは、渋沢栄一がどんな人か知っているかな? 日本で最初の銀行をつくり、約500もの会社設立にかかわったというすごい人。今では当たり前にある銀行も会社も、明治初期にはまだありませんでした。27歳のころにヨーロッパを見た渋沢栄一は、銀行が心臓になって、会社を通じてお金という血液を社会全体にいきわたらせる資本主義のシステムに興味を持ちました。日本にも銀行と会社をつくって、国を強くしようと思ったんです。
渋沢栄一は大蔵省の役人をやっていたのですが、4年ほどでやめます。そのとき、いっしょに働いていた友人にこんなことを言われました。
「金に目がくらんで、役人をやめて商人になるとは情けない。そんなやつだと思わなかった」
それに対して、渋沢栄一は言いました。
「私は『論語』で一生をつらぬいてみせる」
『論語』とは、人として生きていくうえでの大事な考え方やあり方、道徳を伝えている書物です。『論語』の精神を持ちながら、社会にお金をめぐらせようとする決意! かっこいいよね。
この考え方の根っこになるものは、渋沢栄一の子ども時代にあったようです。
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