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「入ることがゴール」と若者が考えてしまう理由 自分が選択した人生をいかに肯定できるか

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  • 鳥羽 和久 教育者、作家
  • 舟津 昌平 経営学者、東京大学大学院経済学研究科講師
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舟津:仮にフーコーが大好きで、フーコーへの信頼があって、自分の中にフーコーが内面化されているなら、いかようになっても「フーコーがおればええねん」という気持ちで生きていけるんじゃないかなと。学問を信じる力が、その学問を修めた自分を信じる力になると思うんですよね。それは根拠のない自信かもしれませんが。

鳥羽:ビジネス化された社会は根拠のない不安をあおるけど、それなら根拠のない自信を持てばいいんだって、本の中にありましたね。

舟津:例えば厳しい部活動を乗り切ったから仕事ができるわけではない。でも、あんな厳しい経験をしたんだから自分は何とかなるだろう、と思えることってありますよね。そういう礎となるような信頼を、大学で教えられたら一番いいんじゃないかなっていう。理想論、希望論ですけど。

社会が設定した欲望以外の文脈ができる

鳥羽:学問の強みっていうのは、専門的な知識に触れることで自分がこれまで手にしていなかった新しい言葉や概念が入ってくることだと思うんですよ。親から譲り受けた言語圏にはない、新たな言葉が立ち上がる。こうして社会的な欲望や親の欲望とは別の文脈がつくられることが、結果的にその人の生きる支えになることがあるのでしょう。各学問における専門用語って、ステークホルダーとかゲゼルシャフトとかよくわからない言葉なのがいいですよね。そういう言葉がポンポン入ってくる、ということがポイントなんだと思います。

舟津:なるほど。たしかに高校までの人生というのは、必然的に親の欲望と社会が用意した欲望で生きていることが多い。だけど、やっぱり自分自身の欲望を見つける必要がどこかで生じて、そのヒントを大学が学問的な言葉という形で与えてくれるんですね。

鳥羽:そうなんですよね。ただ、言葉を与えるタイミングも重要です。早すぎると、実感がないまま言葉を覚えてしまい、後から得た実感をその言葉に当てはめてしまう。逆に世界が狭くなることもあります。だから、高校生ぐらいの煮詰まった時期に新しい言語をドバドバと与え始めるのが良いのかなと考えています。

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【「親ガチャ」は使い手によってまったく意味が異なる】

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