ジュリー・ハンプ氏に「復活の道」はあるか

自動車業界キャリアパスの光と陰

給料の面で考えれば、ペプシコの上級副社長から北米トヨタの広報へというのは、報酬が大幅に下がるとみるのが普通で、多くの米国人にとって「なぜだ?」とまったく理解できない転職のはずだ、と言うのはミシガン大学エンジニアリング学部で教鞭を執り、トヨタ経営に詳しいジェフリー・ライカー教授だ。

だが、2009年に起きた米国でのトヨタ車の大量リコールでの対応の遅さが米国世論からの突き上げを呼び、そして米国議会公聴会で豊田章男トヨタ社長が鋭い質問を浴びて証言するという一連の事件がトヨタを変えた。ライカー教授は次のように語る。

「社長自らイニシアティブを取り、これまでの、あらゆる原因をまず徹底的に探ってから万全の対策を練るという時間のかかる従来方式から、今ある情報で、スピーディーに最善の対策を打ち出す方針に変えようとしていた。問題が起きた当時、北米トヨタには米国現地でのリコールの決定権はなく、日本の決定を仰ぐしかなく、広報を含め、多くの社員が歯がゆい思いをしていたから」

そんな転換期を経ての北米トヨタに広報のまとめ役として入社したということは「事が起こってから後手後手に反応するのではなく、日頃からつねに先手を打ってアグレッシブに展開していく米国流広報戦略を買われてのことだったのでは」とライカー教授は見る。

また、エグゼクティブが巨額の報酬と大きな決定権を得られる米国企業では、経営トップからの厳しい評価の目に常にさらされ、下手をすればクビもあり得るのが普通だ。

"セカンドチャンス"はあるか?

ライカー教授いわく、トヨタのある米国人マネージャーに話を聞いたところ、彼は日米企業文化の違いをこんなふうに表現したという。

「これまで在籍してきた米国企業では、経営トップに何かを報告する時は、冷ややかな目でじっとこちらを観察している最高裁の判事たちの前でプレゼンするような張り詰めた空気だった。失敗しないように、どうか無事に済みますようにと緊張していた。だが、トヨタの日本の経営陣の前で報告した時は、幹部たちがまず、こちらの話を好奇心を持ってじっくり聞こうとする態度が伝わってきて、リラックスして意見を言える空気が漂っていた。本当にアットホームな感じだった」

短期的目標を、つねにクリアしていかなければはじかれてしまうトップダウン型の米国企業でサバイバルしてきた米国人には、日本を代表する企業であるトヨタの「入社したらファミリーの一員」として扱われる価値観、チームワーク重視の文化、長期的視野で目標を達成しようとする粘り強さが、むしろ新鮮に感じられる可能性もある。しかも、日本の本社に役員として抜擢された後は、ハンプには自分を重用してくれる社長がつねにそばにいる。「だから言葉がわからない日本に住んで、女性役員が自分ひとりだけという状態にあっても、それほどストレスではなかったと思う。GMの男社会で海外勤務も経験し、たたき上げで出世してきた彼女にとって、外国に住むことがいまさらストレスになったとは思えない」(ライカ―教授)。

自動車業界における画に描いたような出世ストーリーが突然、幕を下ろした。とはいえ、これまで築いてきたキャリアがゼロになるわけではない。不起訴になったことで、“セカンドチャンス”の国、アメリカでは、彼女を雇い入れる会社が現れる可能性もある。GMも経営破綻したが、セカンドチャンスを米国民から与えられた。

ただ、トリッキーなのは、広報職の使命は、自分は常に影の立場にいて、決してスポットライトに当たらず、メディアを上手に動かすことであるのに、自らがニュースのネタになり、メディアから追いかけられる隙を作ってしまったことだ。そんな彼女の「広報」の能力が、今後どのぐらい評価されるのかは未知数だ。

前出のふたりはこう語る。

「アメリカ人が日本の法律は厳しすぎると批判しようがどうしようが、
今回彼女のやったことが、日本の法に触れてしまったという事実は消せない。刑を受けずに帰国できるだけでもラッキーだ」(ライカー教授)

「広報としては最悪のシナリオを自ら引き起こしてしまったわけで、高い地位での再就職は非常に難しいと言わざるを得ない。だが、その上で彼女がどう復活してくるのか、楽しみだ」(コーテス)

起こってしまった人生最大の危機。それを彼女が今後どう乗り越えるのか。そして、広報のキャリアで培った「クライシス・マネジメント」のスキルを自身の人生でどう使って復活してくるのか。いま、そこに米自動車業界関係者の注目は集まっている。

(一部敬称略)

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