世界最高峰の心臓外科医が留学後に受けた「屈辱」 「白い巨塔」にはびこっていた"排除の力"とは

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先生は、こう伝えたかったのでしょう。

「答えは自分のなかにしかない。自分がなすべきことは自分だけが知っている。人を気にせず自分を磨け、そして強い気持ちを持って信じろ」

みなさんを形作るのは、みなさんが歩んできた道のりです。その道は幸せなことばかりではなく、むしろ孤独で長く険しい道でしょう。

私もドイツで、豚の心臓相手に来る日も来る日も手術の練習を繰り返しました。この暗闇は、本当に晴れるときが来るのだろうか。こんなことをしていて、本当に自分が目指す医師になれるのだろうか。

周りに味方が誰もいない環境で、自問自答を繰り返し、心が沈みそうなときもありました。ですが、そのおかげでいまがあります。

飲み込みが遅くても、成長が遅いと言われても、なんのためにそんなことをしているんだと周囲から揶揄されても、気にする必要はありません。未来の自分を強く信じて、ひとつずつレンガを積むように、時間をかけて成長していきましょう。

「量」なくして「質」は生まれない

「天才なら努力をしなくてもできる」

そんなふうに思う方もいるかもしれませんが、私からすればそんな人はいません。もともとセンスも技術も持ち得ている人が、さらに努力を重ね、そのうえで「天才」と呼ばれる人物になりえるのです。努力とは、いわば「こなす量」です。

ドイツ時代の留学先、ハノーファー医科大学のあるハノーファーは、ベルリンから西に300キロに位置する街で、1960年代に創設された大学は郊外にありました。同大学の胸部心臓血管外科は年間の開心術(心臓にメスを入れる手術)約1500例、心臓移植約100例。ドイツにおける外科手術の中心を担っていました。

この外科の主任教授であったボルスト教授は、大動脈瘤を専門とし、ドイツにおける心臓外科の草分け的存在。当時60歳くらいで、とても厳しい方でした。

私はハノーファーで過ごした約2年半、病院内の宿舎から外に出ることはほとんどありませんでした。ヨーロッパ観光を楽しんだ記憶もありません。自分を律さないと成長を目指して闘えない状況だったからです。

ボルスト教授は何事にも厳しい方でしたから、一時も気を抜けません。ずっと気持ちを張り詰めていました。

日本にいたころは早起きが苦手でしたが、そんなことも言っていられません。毎日、朝7時から病院で行動せねばならなかったのです。

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