曄道:ありがとうございます。2022年度からその基盤教育という概念の下で教育システムが稼働することになりましたが、構想は私が学長になってすぐに立ち上げていますので、6年目にしてようやくここまで来たという感じです。
堀内:曄道先生が経済同友会に参加されたことは、上智大学の基盤教育や社会人教育といった構想の実現と関係しているのでしょうか。
曄道:基盤教育という概念の中に教養的なものをどう位置づけるかを考えたときに、やはり経済界の中で何が議論され、何が課題として扱われているのかを意識しました。とりわけ経済同友会は経営のトップたちが来ていますから、企業や経済社会を動かしている人たちが、いま何を感じているのかを知らずに、大学側の視点からだけで社会人向けの学びの場を創造することはよくないだろうと考えました。
「三方よし」の学びの場
堀内:社会人向けの学びの場ということでは、私もプログラム・コーディネーターとして、上智大学のプロフェッショナル・スタディーズの一環として「知のエグゼクティブサロン」を主宰していますが、従来型のプログラムでは、著名な学者や経営者、起業家など、いわゆるすごい講師たちが、自らの成功談を語って聞かせるケースがほとんどでした。
私は、こうしたプログラムを「ダウンロード型のプログラム」と言っていますけれども、本当にそれでよいのかと思っています。たとえば、大谷翔平の野球の試合を見にいって、大谷がホームランを打つのを見てすごいなとは思っても、自分が大谷になれるとはとても思えないからです。結局、すごい講師のプログラムでは、話を聞いた直後はアドレナリンが大量に出て、「今日はいい話が聞けて充実した時間だった」となるのですが、その先につながらないのです。言うなれば、お金を払って一流のスポーツや演劇を観にいく感覚ですね。
そうした経験を踏まえて、上智大学の「知のエグゼクティブサロン」は完全な水平型のプログラムにしたわけです。そこに講師は存在せず、学者や有識者であるリソースパーソンは問題の投げかけをするだけで、リソースパーソンも我々コーディネーターも一緒にディスカッションをしながら学びますし、受講生という立場の参加者もビジネスの立場から積極的にアウトプットします。近江商人の「三方よし」という言葉がありますが、まさに三方よしの学びの場にしたいと考えたのです。
お互いが様々な道で、異なる人生を生きてきて、何十年もやってきたのですから、何かしら相手に与えるものがあるはずなのです。それをお互いに話して、お互いに聞く。哲学的な言い方をすれば、ヘーゲルの弁証法的にお互いもう一段高いところに一緒に上りましょう……そういうコンセプトで行っています。教育とは言わずに「サロン」という名称にしている理由もここにあります。いわば、一流のコンサートを高いお金を払って聴きにいくのではなく、一緒にカラオケに行ってお互いに学び合いましょうという感じです。
それともう一つ、「知のエグゼクティブサロン」を上智大学で行っている理由があって、それは上智大学15号館の存在です。これも曄道先生の主導の下、プロフェッショナル・スタディーズ用に15号館という木造の新しい建物を建て、そこを学びの場としている。私はデベロッパーの出身なので、場の重要さというのは仕事で身にしみて理解しているつもりです。学ぶためには、コンテンツを充実させるだけではダメで、場がすごく重要なんですね。
アメリカのビジネススクールなどは、その辺りはとてもセンシティブで、私自身、森ビルでアカデミーヒルズの担当役員をしていたときには、ビジネススクールの先生たちとそうした場づくりの議論を随分させていただきました。