戦後日本のインテリがグローバル化に逃げた理由 「ラテン語」と無関係な日本語の優位という逆説

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古川:普遍性を拒絶して個別性にこだわるところが九鬼の哲学の素晴らしいところだと言っている人たちが、九鬼は文化の個別性にこだわっているから偏狭なナショナリストだと言うんです。だからもう、とにかく何が何でもナショナリズムだけはダメだってことなんですよ(笑)。

行く手に待ち受けるのは「新しい中世」か

:みなさんのおっしゃるとおりで、いわゆる近代化っていう現象を見るとき、欧米のインテリたちがよくやるように、普遍主義の視点で解釈しようとするんですよ。だけど、近代っていうのは、宗教改革がまさしくそうであるように、実は土着的・個別的であり、ナショナルであるという視点からストーリーを作っていくことだってできると思うんです。ただ、ヨーロッパのインテリは、やはり一神教的な伝統から解釈しようとする傾向が強いですね。

だけど、今回の日本の社会調査で、学歴や居住地(都市在住か地方在住か)でデータをクロス集計して気づいたことがあります。欧米では高学歴で大都市に住む高収入層がグローバリズムを支持しているとされています。

ただ、日本では、大都市に住んでいる高学歴層のほうが、グローバル化に賛成だとは一概には言えなさそうです。これは、日本の学校教育や文化的な背景が影響しているのかもしれません。だから、日本の知的伝統って、ヨーロッパのそれとはちょっと違って国民の分断を抑える力を比較的備えているのかもしれません。なんて、ちょっとナショナリストっぽく言っちゃいますけど(笑)。

中野:私の言論活動が功を奏したかな(笑)。

:多元的なものっていうのを肯定的に見る伝統というのが、日本にはまだ残っているのかもしれません。違いから学び合って、お互い方向性が違うにしても学び合って高めていきましょうという、多元的な世界を肯定する日本の知的伝統、まさに京都学派がそうなのかもしれませんが、そういう多元的な世界観に馴染みやすいところがあるのかなと。

だとすれば、もう少し日本は自信を持っていいんじゃないかっていうふうに思うんですけれどね。

中野:もしかしたら言語の影響かもしれませんね。要するに日本語って、前近代のエリートの共通語であったラテン語と何の関係もない。

佐藤:とはいえ、近代世界のもとで成立した多元性は、本当に維持可能なものなのか。これこそ真のSDGsですよ。普遍性の強かった中世から出発した近代が、たまたま「多元性による成長」という徒花(あだばな)を生んだ。だが、ほかならぬ近代の歩み自体が、理性の名のもとにそれを否定し、あらためて中世的なシステムに戻ろうとしている。

中野:ポストモダンどころか、プレモダン。

佐藤:近代の先には「超近代」があるはずで、間違っても中世に戻るわけはないと、いったい誰が決めたのか。しかもわれわれは、個別性や土着性を前近代的だと感じるぐらいには、近代は普遍性に向けて進んでゆくという発想になじんでいる。行く手に待ち受けるのが新しい中世であるとして、果たしてそれは阻止できるのか。

中野:無理だな(皆、笑)。

「令和の新教養」研究会
「れいわのしんきょうよう」けんきゅうかい

この複雑で不安定な世界を正しく理解するためには、状況を多面的に観察し、幅広く議論し、そして通俗観念を批判することで、確かな思想を鍛え上げなければなりません。内外で議論の最先端となっている書籍や論文を基点として、これから世界で起きること、すでに起こっているにもかかわらず日本ではまだ認識が薄いテーマを、気鋭の論客が読み解き、議論する研究会です。コアメンバーは中野剛志(評論家)、佐藤健志(評論家、作家)、施光恒(九州大学大学院教授)、古川雄嗣(北海道教育大学旭川校准教授)の各氏。

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