イーロン・マスクが宇宙にこだわる本当の理由 タイパ・コスパの「対価」と国家という「重力」
青木:フラフラした方がいいんじゃないか、それぞれの実感を元に生きた方がいいんじゃないって思っています。少なからずそういう人がいて、小さいながらも日本全国でコミュニティを作ったりして活動しているという現実もあると思うんですよね、グローバル化の一方で。『グローバリズムという病』については、病をどう捉えるかでもだいぶ違ってくるんじゃないかなと思っています。病を悪と捉えるか、一病息災であると捉えるかで全然違いますよね。
坂本:確かにその通りだね。平川さんが敵ではなく病って位置付けているのもうまいよね。病も敵とみなすこともできるし、ある種の同居人みたいな見方もできるわけだから、どういうスタンスで臨むのかってことだね。
病とどう向き合うか
青木:少なくとも摘出すればオッケーっていう話ではないですよね。根治を目指すにも無理がある。そういうことを考えると、やっぱり全体をよくして病が必要以上に悪さしないように同居するっていう東洋的な思想がいるんだろうなと。
そのとき、どこまでを自己とみなすかっていうところもあると思うんです。自分だけでなく、同居してる家族や働いている職場、職場が置かれている社会的状況であったりとか、どんどん拡大する。だから人は集団を作るんだと思います。慎吾も坂本さんも会社を作っているわけですけど、自己の延長線上としての会社なんですよね。その自己っていうのは単なる自分という意味ではなくて、自分も地域も家族も含んだ社会全体のことなんだと思います。
その中で病とどう向き合うか。グローバリズムだけでなく、他者に向き合うことも含めて、今までは割と「敵」だと認識していたかもしれないけれど、それを敵から病に捉え直すと、どう付き合っていこうかって話になる。
栗原:そんな気がしますね。『暖簾』は大阪の話だったけど、次回は東京と大阪の違いみたいな点についても話していきたいですね。うちは関西の取引先が多いんだけど、自分が大事にしているビジネスの姿勢、商人魂みたいなものをわかってくださるのが関西に多い感覚で。塾業界ってまだまだシステム化が進んでいない。でも、だからこそ新自由主義的な世界においても『暖簾』に通じる部分が残っているような感じもするんですよね。
坂本:あ、逆に、まだ残ってるんだ。
栗原:はい。そこになんか相通ずるものがあるのかな、なんて思ったりもしています。
青木:関西の塾なんかも「IT化なんてやっちゃったらおしまいよ」と思っていつつも、慎吾と出会ったら「あ、IT化もありなんじゃないか」って感じるということなのかも。次回また深掘りしていきましょう。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら