「誰かを罰するのは当然か」問う『失敗の科学』 ベテラン機長が"容疑者"になった航空機事故
しかし、航空機関士はライトの不具合によって手順にどんな影響が出るのかを急いで再確認しなければならず、さらに手一杯の状態となった。
問題はまだあった。進入許可が下りるまでに時間がかかりすぎていたのだ。濃霧のため、複数の旅客機が許可を待って上空を旋回している。旅客機同士の距離は詰まり、管制塔は緊張状態にあった。
それでも刻一刻と厳しくなる状況下で、管制スタッフはベストを尽くしていた。ノベンバー・オスカーはもともと慌ただしい状況の中で、着陸を急がねばならなかった
だが窓の外は白い霧以外何も見えないうえ、オートパイロット装置は水平方向の誘導電波を受信していなかった。これは混雑したスケジュールに起因するもので、寸前に着陸したエールフランス航空の旅客機が、まだ滑走路にいて電波を妨げていたのだと思われる。
機長は「ベストを尽くした」
結局、誘導電波を受信できていないまま、高度はついに規定の1000フィートを下回った。しかし機長は疲労困憊だった。燃料も残りわずかだ。副操縦士はまだ体調が悪くぼんやりとした状態で、着陸をアシストする資格も持っていない。
この状況でのゴーアラウンドは、かえってリスクを高める可能性もあった。それにさっき、ヒースロー・アプローチは霧が晴れてきたと言っていた。
航空機関士はのちに、この天候の情報があったために、機長はゴーアラウンドの指示を一瞬待って、機体が霧を抜けて滑走路を目視できるかどうか確認しようとしたのだと主張している。
まもなく機体は地上80m弱まで降下。ホテルの屋根をかすめるまであと6秒となった。機長はコックピットの窓から目を凝らし、必死になって朝霧の向こうに滑走路のライトを探す。255人の乗客は、まだ大惨事が目の前に迫っていることに気づいていない。
機体が地上約40mまで降下した時点で、ようやく機長はゴーアラウンドの指示を出した。その後、機体は何の支障もなくスムーズに着陸し、乗客の間には拍手喝采が起こった。到着スケジュールには数分遅れただけだった。
機長にとってはパイロットとしてのキャリアの中で最も厳しい経験だったが、彼は心からベストを尽くしたと信じていた。着陸後、彼は一瞬祈るかのように目を閉じ、深い安堵の溜息を漏らした。
さて、この事故は本当に機長の過失だったのだろうか? 彼の行動は非難に値するものだったのか? それとも、誰も予期し得ない困難の連続に対応していただけだったのか?
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