日航機墜落現場を写した私が伝え続けたい記憶 37年前の御巣鷹山を取材したカメラマンの写真

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墜落現場上空を飛行する自衛隊のヘリコプター(撮影:小平尚典)

残骸の中から、白い手が一度だけ振られた。「ピカッ」とリングの指輪が光る。僕らは一目散に駆け出した。当時パーサーだった落合由美さんのダイヤリングだった。紺に白の水玉模様のワンピースが今も記憶に残る。

1985年8月12日の日航機墜落事故から、いつのまにか37年の歳月が流れようとしている。当時、僕は新潮社『FOCUS』誌の契約カメラマンとして、生存者のいる事故現場にいち早く到着した。31歳だった。今でもいろんな出来事が脳裏をかすめる。御巣鷹山事故JAL123便は記録写真から記憶写真という世界に突入してさらに時間を重ねてきた。

僕ももう70歳に近い、ありがたいことに確かに間違いなく時間が癒してくれている。当時、いち早く現場に到着したものの、相棒の記者と2人だけの報道陣が生存者も発見して右往左往している姿は惨状をどう的確に伝えたら良いか。実はファインダーにある光景を切り取っていった記憶も断片的に薄れてきて少し楽になってきたような気がする。

本来の原因は何も突き止められていない

それにしても解明不足の事故調査は、本来の原因を何も突き止められていなく、当時の遺族たちは、無念の思いを心に抱きながら37年間も自宅で手を合わせて祈るだけだったと思う。今までに4/524の写真集、kindle電子版、当時の状況をドキュメントにした動画「Moment of Truth」など、僕なりに伝え残せるものは作った。

そして今までにも何度も何度もメディアに開示してきた。東洋経済オンラインでは昨年(「日航機墜落現場」36年ぶりに訪れて空から見た今/2021年8月8日配信)、一昨年(日航機墜落現場を写した私の忘れられない記憶/2020年8月8日配信)と、当時の写真とともに僕の記憶を伝えてきた。

今回は僕が不思議に思っていることを書いてみる。

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