航空業界の失敗から学ぶ姿勢が導いた「奇跡」 「個人」ではなく「システム」を見る大切さとは

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興味深い意見ばかりだが、まだ貴重な真実が抜け落ちている。チェックリストは、もともと1930年代に起こった一連の事故を経て生まれた。コックピットの人間工学的デザインは、B―17戦略爆撃機の悲惨な着陸事故を契機に生まれた。CRM訓練はユナイテッド航空173便の事故(編集部注・前記事で紹介)を教訓に生まれた。

どれもいわば逆説的な成功だ。失敗があったからこそ、成功が生まれたのである。

結果だけを見た非難と賞賛

サレンバーガー機長とユナイテッド航空173便のマクブルーム機長に対する世間の反応の違いも見ておいたほうがいいだろう。

マクブルーム機長は、燃料切れ事故を起こしたものの、パイロットとしてはすばらしい技術を示した。建ち並ぶアパートを避け、木々をかわしながら、90トンのジェット機が地面に墜落する衝撃を最小限に抑える場所を探して、100人以上の乗客の命を救った。

しかし彼は非難を浴びた。航空業界では失敗を個人的な問題に帰してはならないという声が大きかったが、世間一般の人々は、事故のときに操縦桿を握っていたマクブルーム機長を責めた。彼らの怒りはすさまじかった。

「訓練を積んだパイロットが燃料切れに気づかずに、問題なく着陸できたはずの飛行機を墜落させるとは何ごとだ!」

マクブルーム機長は、事故後間もなく引退した。そして、それから3年もしないうちに妻と離婚している。彼が亡くなる8年前の2004年、事故関係者の懇親会が開かれたが、生き残った乗客の1人エイミー・コナーは、そこで会ったマクブルーム機長をこう描写している。

「とても傷心している様子で(中略)見る影もありませんでした。操縦士のライセンスを失くし、家族を失くして、残りの人生がめちゃくちゃになってしまったんです」

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彼の悲劇(そう呼べるとすればだが)は、人間の認識力やコミュニケーション能力について、まだ十分に理解されていなかった時代にパイロットをしていたことだ。当時のシステムには潜在的な問題があった。失敗はいつ起こってもおかしくない状態だった。

大統領に称えられたサレンバーガー機長も、もし同じ状況に立っていたら、同じ失敗を犯していたかもしれない。彼が成功して英雄となれたのは、航空業界がそれまでの失敗から学んでいたからだ。

これは、謙虚なサレンバーガー機長自身が認めている。「ハドソン川の奇跡」の数カ月後、あるテレビ番組のインタビューで彼は我々に貴重な知恵を授けてくれた。

我々が身に付けたすべての航空知識、すべてのルール、すべての操作技術は、どこかで誰かが命を落としたために学ぶことができたものばかりです。(中略)大きな犠牲を払って、文字通り血の代償として学んだ教訓を、我々は組織全体の知識として、絶やすことなく次の世代に伝えていかなければなりません。これらの教訓を忘れて一から学び直すのは、人道的に許されることではないのです。

*編集部注:実際と異なり、映画『ハドソン川の奇跡』では機長らが事故調査委員会から厳しい取り調べを受ける様子が描写されています。

マシュー・サイド コラムニスト、ライター

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ましゅー・さいど / Matthew Syed

1970年生まれ。イギリス『タイムズ』紙の第1級コラムニスト、ライター。オックスフォード大学哲学政治経済学部(PPE)を首席で卒業後、卓球選手として活躍し10年近くイングランド1位の座を守った。英国放送協会(BBC)「ニュースナイト」のほか、CNNインターナショナルやBBCワールドサービスでリポーターやコメンテーターなども務める。

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