【ルポ】1歳の娘は余震に怯え、声も上げなかった 能登半島地震、記者が体験した避難のリアル

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記者に空腹感はなかったが、べたついた顔を洗いたくて仕方なかった。娘のお尻ふきを1枚拝借し、額に浮いた皮脂をぬぐう。そこでお尻ふきの容器がしぼんでいることに気付く。中にはあと数枚しか残っていなかった。

1月2日の七尾市内の渋滞(記者撮影)

これはまずいと、外に物資を探しに出ることを決めた。迎えに来た父の軽自動車に妻子と乗り込み、七尾港近くのドラッグストアへ。ひしゃげた住宅やひび割れた道路の前に置かれた三角コーン、自衛隊の車両を窓越しに眺めていると、地元では見たこともないような渋滞に巻き込まれた。記者と妻子は途中で車を降りて徒歩で店へ向かった。

「臨時休業」の手書きの張り紙

やっと着いたが、入り口には「臨時休業」と手書きの張り紙。近隣のスーパーやコンビニもやっていない。あきらめて被災した祖父宅の様子を見に行く。80代の祖父母は厚手のダウンを着込み、物や何かの破片が散乱する部屋の片づけに精を出していた。

65インチのテレビが倒れ、祖父がゴルフコンペで集めた金属製のトロフィーや優勝カップがいくつも落ちてきた場所の傍らに、幼児用の布団が折りたたんで置いてあった。地震発生の5分ほど前まで、娘はそこで昼寝していたのだ。もし起きるのが少し遅かったら、体重約10キロの小さな体では、ひとたまりもなかっただろう。

すべてが紙一重だった。この日の朝、テレビのニュースでは、特に被害が大きかった石川県輪島市を上空から撮影した映像を流していた。火災が起きた影響で、集落一帯が空襲を受けた後のような焼け野原となっていた。祖父宅も古い木造家屋が立ち並ぶ地域にある。もし1軒でもどこかが燃えていたら、同じような惨状になっていただろう。

1月2日午前中に車中から撮影した家屋(記者撮影)

自分や家族が無事だったのは、ただの偶然でしかない。そう考えると無性に恐ろしくなってきて、思考を振り切るために体を動かしたくなった。だが、娘を抱いていたので、記者は何も作業できない。代わりに妻が剥がれて砕けた玄関の内壁をホウキで掃除した。

祖母は濡れティッシュを棚から2パック取り出し、妻に手渡してくれた。避難所へ逃げたほうが良いのではないか、と記者は祖父に勧めた。返答は「いつでも逃げられるように車で寝るから大丈夫や」。能登の冬は厳しい。夜間の気温は氷点下になる。寒さとエコノミークラス症候群には気を付けろ、と何度も念押しするしか、記者にはできなかった。

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