さて、ここでの高齢者の移住は「『誰からでもいいから、とにかくサービスを受けたい』ではなく、『できるだけ選択肢がある高いレベルの医療・福祉を受けたい』」というニーズにもとづいています。移住者だけではありません。もとから都市部に住んでいる高齢者もレベルの高い医療・福祉を得られる期待があるのです。
ということでいくと、読者の皆さんは「これから都市部でベッドは足りなくなります。地方にベット数が結構空いている場所があるので、行ってください」といったところで、どうしますか?もし自分が当事者であれば「はいそうですか、わかりました」と言って、行くでしょうか?
若者に対して強制的に「子供を生むには地方に行きなさい」というのと同様に、高齢者にも「これからは医療福祉サービスを受けたければ地方へ行け」というのも、なんとも無理矢理すぎる提言であります。
地方自治体の問題は人口問題ではなく、財政問題
では、肝心の地方の医療はどうなっているのでしょうか。地方に行くとわかりますが、ときどき都市の規模とはあまりに不釣り合いの巨大な病院がそびえ立っているところがあります。しかしながら、そうした巨大病院でさえ、医師不足だけでなく、実は地元自治体の財政負担が重いなどの問題を抱えているケースをよく耳にします。地方の病院経営が盤石とは限らないのです。
昨年の「地方消滅」に関連した提言では、主に出生率の違いだけをみていました。今回の提言では、主にベット数の「空き」と「不足」ばかりを見ています。「ベッドの空き」だけで高齢者の方々をサポートできる医療福祉キャパシティ(収容能力)が、果たして地方にあるといえるのか、という問題があるのです。
当たり前の話ですが、今回の話について、地方自治体からは「財政的な支援についても併せて考慮してもらえるのだろうか。高齢者だけ押し付けられても困る」といった声があがっていますが、まさにその通りです。実は、地方自治体にとっての問題とは、人口問題の以前に、財政問題なのです。財政負担となる医療福祉を必要とする人たちを支えるだけの財源が地方に十分にないことは誰しもわかっていることであります。
今回の提言は、大筋で行くと「ベットが地方にはある程度余っている。高齢者を集めてその余剰ベッドを活用すれば良い」ということなのですが、実は、提言を見ていくとそれにとどまりません。
例えば、「人材依存度」を下げるために、ロボットによる介護などを展開しようということも提言されています。一瞬、地方の人手不足を解消してくれそうで、一石二鳥のようにも見えます。しかし、実はこれは特段、実施の場所が地方である必要性はないのです。
さらに、「住居環境の整備から都市機能の集約」といった、都市整備全般を見据えた提言となっていることに注意が必要です。百歩譲って、医療福祉施設であれば、まだ今の施設を使うことができます。しかし、東京圏などからの大量の居住者が押し寄せ、居住から生活サービス全般の面倒を見るとなればどうでしょうか。当然ながら、地方では、現状の医療・福祉予算だけでは全く足りなくなります。
なるほど、「空き家活用」という方法も指摘されています。しかし、実は東京圏も空き家比率こそ全国からみれば相対的に低いものの、元々の住宅戸数が多いという事実が抜け落ちています。
つまり、率は低くても、空き家の実数は膨大なものがあるのです。確かに、用地取得から開発までという新規施設整備でいえば地方のほうが安くあがる場所がないとはいえないかもしれません。しかし、すでに使われなくなった「既存ストックの活用」という観点であれば、十分に都心周辺部でも優位性があるでしょう。もう少し精査がいる議論なのです。
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