最愛の孫・千姫を豊臣秀頼に嫁がせた家康の苦悩 織田の血筋を引く女性に次々と訪れる数奇な運命

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実は、この千姫の再婚には、ひと騒動ありました。千姫の救出をした坂崎直盛が、千姫が忠刻と再婚することを知り、その行列を襲い千姫を奪おうとする計画を立てたことが露見し、改易を恐れた家臣団が直盛を殺すという事件が起こったのです。

どうやら、千姫の救出を家康が命じた際、「救い出した者には千姫を与える」と言ったという噂があり、これを真に受けた直盛がその約束を反故にされたことを怒り、突発的に行動を起こそうとしたというのが実情のようです。

直盛自身は家臣を簡単に手討ちにするなどの粗暴さがあり、仮に家康の話が本当だったとしても、とても千姫に見合うような人物ではありませんでした。坂崎家は結果的に改易されてしまいます。

千姫 どうする家康
千姫の姿絵(写真:Alamy/アフロ)

家光、家綱にも信頼の厚かった千姫

千姫は、再婚した忠刻との間に1男女に恵まれました。しかし嫡男だった幸千代に続き、結婚から10年が経った1626年には夫の忠刻もこの世を去ります。

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千姫は江戸に戻り、天樹院と名乗り娘と暮らしました。娘である勝姫が池田光政に嫁ぐと、その後は、家光の3男である綱重とその母である夏と暮らします。家光は姉である千姫を頼りにし、彼女が体調を崩すたびに見舞いにきたと言われているようです。

家光の代になるころには、千姫は大奥の最高顧問のような立場にあり、幕府においても大きな影響を与える存在でした。織田信長と徳川家康の血を引き、豊臣家の最後に立ち会った千姫は、思慮深く思いやりのある性格と、曲がったことは許さない頑固さが同居した魅力的な人物でした。

そんな彼女は1666年、江戸で死去します。享年70歳でした。

眞邊 明人 脚本家、演出家

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まなべ あきひと / Akihito Manabe

1968年生まれ。同志社大学文学部卒。大日本印刷、吉本興業を経て独立。独自のコミュニケーションスキルを開発・体系化し、政治家のスピーチ指導や、一部上場企業を中心に年間100本近くのビジネス研修、組織改革プロジェクトに携わる。研修でのビジネスケーススタディを歴史の事象に喩えた話が人気を博す。尊敬する作家は柴田錬三郎。2019年7月には日テレHRアカデミアの理事に就任。また、演出家としてテレビ番組のプロデュースの他、最近では演劇、ロック、ダンス、プロレスを融合した「魔界」の脚本、総合演出をつとめる。

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