1社独占の英仏高速鉄道に「殴り込み」新参の勝算 30年間「ユーロスター」だけ、なぜ他社参入せず?

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ドイツへの乗り入れも、ケルンやデュッセルドルフなどが候補に挙がっていたが、もし運行する場合、これらの駅に制限区域を設ける必要があった。ホームが制限区域に指定されるため、イギリスとの国際列車が発着する前後の時間帯は事実上、ほかの列車がそのホームを使えなくなるなど制約が多く、こうした点が参入の障壁となっている。

もう1つの非効率性とは、この出入国管理に起因する。例えば、ユーロスターにアムステルダムから乗車する場合、アムステルダム中央駅で出入国手続きを済ませるため、列車に乗車した時点で、この乗客はすでに「イギリスに滞在している」ことと同義になる。このため、途中のロッテルダムやブリュッセルで下車することはできない。仮に下車するとなれば、「イギリスからEUへ再入国」するのと同じになり、出入国手続きが必要となる。そのような乗り方は不可能ではないが、現実的に考えれば、ユーロスターは「イギリス―EU間以外の区間乗車はできない」ことになる。

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ユーロスターは乗車時に出入国手続きを行うため、実質的に区間乗車はできない(撮影:橋爪智之)

区間利用者がいない非効率性

つまり、アムステルダム発ロンドン行きの列車で、80%の乗客が途中のブリュッセルから乗車すると仮定した場合、アムステルダム―ブリュッセル間は区間利用者がいないため座席の80%が空席のままで、空気を運ぶことしかできない。これが、短区間利用の乗客も拾うことができるEU(シェンゲン)圏内を走る国際列車との大きな違いとなっている。

ならば、出入国管理そのものを到着地であるロンドン・セントパンクラス駅で行えばいいのではないか、と考えることもできるだろう。しかしこれにも問題があり、到着してからパスポートやビザに不備が見つかった場合、反対側の列車に乗せて強制送還しなければならない。出入国手続きなしで列車へ乗せるのは、こうした「不法入国者」への対応リスクが増えることになり、到着後の駅出口付近が大混乱する恐れもある。結局、乗車前にチェックして、事前に弾くほうが効率的なのだ。

エボリンにせよドイツ鉄道にせよ、現状の出入国管理システムが変更されない限り、他国他路線の設定は非常にハードルが高くなる。新興エボリンの野望はまだスタートしたばかりだが、英仏間以外への進出には、まだ相当な時間を要するのではないか、というのが正直なところだろう。

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橋爪 智之 欧州鉄道フォトライター

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はしづめ ともゆき / Tomoyuki Hashizume

1973年東京都生まれ。日本旅行作家協会 (JTWO)会員。主な寄稿先はダイヤモンド・ビッグ社、鉄道ジャーナル社(連載中)など。現在はチェコ共和国プラハ在住。

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