今の日本における「もっといいクルマ」とは? 安心を売る「福祉車両」で何が起きているか

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一方、軽はグループのダイハツに譲るトヨタ自動車は、主に事業所向けの「ハイエース」をはじめ、一般家庭向けでも「ノア」や「エスクァイア」といった中級以上の車を福祉車両として推している。

ただ、同社では最近、"誤算"があった。最上級モデルの「アルファード」と「ヴェルファイア」については、従来のラインアップにあった車いす仕様車を、今年1月のモデルチェンジにともなって廃止したのだ。会場で担当者に確認すると、主な理由は「価格設定が高かったためか思ったよりニーズがなかったから」だという。

確かに、どれだけオプションを付けても200万円前後に収まる軽が主流となる市場において、500万円以上も見据えなくてはならない高級車に手の届く介護家庭は少ないのだろう。

理由はまだある。元の標準車のモデルチェンジ開発段階で、スロープを取り付けられるような車体構造にしなかったのも、車いす仕様車が廃止となった一因だというのだ。「開発は、どうしても標準車ありきになってしまう。福祉車両も同時に考えてもらわなければ作れなくなってしまう」と別の担当者はこぼした。

結局、「アルファード」「ヴェルファイア」は電動回転式のセカンドシートを付けたタイプは残したが、車いす仕様車はラインナップから消え、「ノア」「ヴォクシー」「エスクァイア」などに統合される形になった。それでも28車種55タイプというトヨタのラインナップは、他社を圧倒するものだ。

日本の自動車業界が取り組むべきは…

筆者は介護事業を取材することもあり、福祉車両に詳しい関係者は次のように説明してくれた。

「福祉車両のトップメーカーであるトヨタですら、すべての人の需要に応えるという姿勢よりも、企業としての利益を優先せざるを得ない。そのため事業者向けを想定した車両が中心になる。ホンダは一般家庭向けでは多少売れているのかもしれないが、特別使い勝手がいいとは思われず、病院や施設、介護タクシー業界などにとっては選択肢に入っていない」

確かに、福祉車両は量産効果が効くわけではない。ビジネスとして成り立たせるのは、簡単ではない。

「障害は人それぞれ。半身不随でも左右があるので、車への乗り込み方がまったく違う。それらをすべてカバーできる車両はコスト面からとてもつくれない。そこである程度、万人向けの車両となると、現状での仕様が限界なのだろう。福祉車両全般については、まだユーザーの声がきちんと反映されるレベルにまで至っていない」

EVやFCV、あるいは自動運転など技術革新が華々しい自動車業界だが、高齢化が進む日本では、福祉車両に力を入れることも重要だ。現在、業界リーダーであるトヨタは「もっといいクルマづくり」をキャッチフレーズにしている。注目が集まることは少ないが、福祉車両における技術革新に、各社が競って取り組んでいくことを期待したいものだ。

関口 威人 ジャーナリスト

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せきぐち たけと / Taketo Sekiguchi

中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で環境、防災、科学技術などの諸問題を追い掛けるジャーナリスト。1973年横浜市生まれ、早稲田大学大学院理工学研究科修了。

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