細胞の塊、つまり腫瘍の中でがん細胞が自ら分泌した抗腫瘍物質は、腫瘍内の局所で効果を発揮しますが、こういう状態をパラクリン(傍分泌)と呼び、正常組織への影響が少なく抗がん治療としては理想的ともいえます。また、このような治療法をSHREAD(SHielded, REtargeted ADenovirus)遺伝子治療と呼び、大きな期待がされています。
加えて今回の研究では、作り上げたアデノウイルスの性能を実証する実験も行われました。研究者たちはまず、乳がんの細胞をマウスに植えつけます。次に用意していたアデノウイルスを感染させ、がん細胞に対するウイルスの効果を確かめました。
ウイルスが感染し始めると、腫瘍全体のあちこちに小さな穴が開き始め、腫瘍に栄養を供給していた血管がボロボロになりました。これは、がん細胞内部で生産される抗がん抗体と免疫物質が、がん細胞を内側から攻撃して破壊し始めた結果です。
また研究者たちが抗がん抗体の濃度を腫瘍内部と血液で比較したところ、抗がん抗体の濃度は腫瘍内部では血中の1800倍に達していたことが確認されています。この結果もウイルスが、がん細胞だけに感染したことを示しています。
アデノウイルスを用いた治療は標準化するか
また、アデノウイルスを遺伝子操作しがん細胞に感染させることで、がん細胞自身を、抗がん剤の生産工場に変えることができただけでなくさらに、ウイルスの細胞認識部位を書き換えることで、乳がん以外の様々ながんに対応できるウイルスのプラットフォームの作成も行われました。
これまで20年近い研究の積み重ねがあったアデノウイルスを用いた遺伝子治療ですが、今回の研究成果である汎用性の高いプラットフォームの開発は将来のがん治療の標準化につながる可能性が大きく、大変意義があるものです。
まだ動物実験でしか確認されていないこの方法ですが、安全性が確認され人間にも効果があるとすれば、腫瘍の部位ごとに異なる遺伝子操作をしたウイルスを腫瘍に直接入れる、という治療法につながります。
例えば、肺と胃にがんが転移しているならば肺には肺がん用に、胃には胃がん用に、それぞれ遺伝子操作したウイルスを送り込むというわけです。毒性を生じる最小の量で、腫瘍だけに限局して治療効果を発揮するこの方法は、がんの治療法として理想的であるといえます。
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