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現代アートはどうして難しいのか?

いたずら書きのような線とか絵の具を塗りたくっただけとかただの便器とか……。現代アートってなんであんなにわかりにくいのでしょうか?

―回答者(松井裕美/東京大学大学院総合文化研究科准教授)

現代アートとは何か。時代的には主に世紀に創られた作品を指しますが、加えて、現代的な特徴を持つことも重要な要素です。その特徴とは何かを考えるのに欠かせないのが、デュシャン(20世紀初頭の現代美術の重要な先駆者の一人であり、ダダイスムやシュルレアリスムの運動においても中心的な存在でした。彼は様々な作品を制作し、伝統的な芸術の枠組みにとらわれない斬新なアイデアを追求しました)です。

ピカソは絵画や彫刻などのジャンルの概念を変えました。デュシャンは当然だと思われている価値体系や日常生活の根底にあるシステムを問い直し、芸術自体の概念を変えました。そうした問いから出発した芸術が現代アートの主流の一つであると言ってよいと思います。

既製品の香水ボトルに顔写真をつけた<美しい吐息>という作品があります。顔写真は自分が女装したもの。作者名はデュシャンの女性の分身であるローズ・セラヴィ。撮影したのは写真家のマン・レイ。商品と作品の違いは何かという問いとともに、作者は誰なのかという問いを示し、オリジナリティの概念をひっくり返しています。ところが、2009年にオークションでこの作品に10億円以上の値がつきました。オリジナリティとは何かを問う作品がオリジナルとして高い価値を得、本来の意味が変わりました。

(出所:『素朴な疑問VS東大 「なぜ?」から始まる学術入門』)

日常生活とは別の視点から問う

現代アートはなぜ難しいのか。それは問いを立てさせるためだと思います。何かの答えや気持ちよさを与える作品もありますが、それだけではなく、いったい何を意味しているのか、何がここで問われているのかといった問いを考えさせるのが現代アートの特徴です。

『素朴な疑問VS東大「なぜ?」から始まる学術入門』(KADOKAWA)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

答えを出すのではなく、問いを引き出して考えさせるから難しい。日常生活とは別の視点から何かを問うことができるのが現代アートです。現代アートのファンの中には、作品がもたらすひらめきや居心地の悪さや答えがすっきり出ないことなどを楽しんでいる人も多いと思います。ファンでなくとも、感性だけでなく知性に訴えるものを求めたい性分が人にはあるのではないでしょうか。

現代アートが苦手な人は、気持ちよくなるわけでもないものをさも価値があるように見せられて怒るのかもしれませんね。実は私も昔は苦手でした。感性的に楽しめるもののほうが好きで、ピカソのキュビスムの作品がピンと来なかった時期もあります。でも、作品を観てどうしてこの構造になったのかと考えるうちに、知的な興味が掻き立てられました。

留学して外国語を使うことの難しさに直面したとき、それがキュビスムの絵を観たときの難しさに重なるように感じました。自分の問題と重なると思うと、作品の難しさは特別な意味をもって迫ってきました。絵を観ているうちにふと問いが飛び込んできて、それが自分の問題とかぶさり、作品が寄り添ってくるような感じがしたんです。

アートがどの段階から難しくなったとか、どこから現代アートになるのかなどということは、本質的な問いではありません。美術館の中でも外でも、何か気になるものがあって訴えかけるものがあったら、それを大事にすることが一番良い体験になります。また、美術館に展示された作品全てを理解するのが重要なわけではありません。一つでも自分に近い問題を作品から感じられることのほうが重要だと思います。

東京大学広報室 広報室

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とうきょうだいがく こうほうしつ / University of Tokyo public-relations

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